ポジティブ心理学とは~産業保健の現場で役立つ心理的支援について解説
昨今、メンタルヘルス不調者の予防やストレス改善といったネガティブな要素の改善を目的とした取り組みだけでなく、より活き活きとした心の状態を目指すポジティブメンタルヘルスの取り組みが注目されています。
ポジティブな感情を持つことは、私たちの心にどのような影響をもたらすのでしょうか。
産業保健の現場で活かすことのできる心理的支援について、ポジティブ心理学を通じて学んでいきましょう。
【目次】
1.ポジティブ心理学の背景と経緯
2.ポジティブ心理学の定義とは
3.ウェルビーイング~ポジティブ心理学の中核概念
4.心の要素と働きの仕組み~ポジティブ心理学の実践
5.ポジティブ心理学に関する基礎的な研究
1.ポジティブ心理学の背景と経緯
ポジティブ心理学は、2000年に入ってペンシルベニア大学のセリグマン教授たちを中心に発展してきた心理学のニューウェーブ運動と捉えられていたものが、今はすっかり学問としての地位を確立しました。
これまでの心理学は、人間の病理を見つけ出し、それを直そうとすることのみに力を注いできました。
そのことを反省し、ネガティブよりポジティブな側面、例えば期待や楽観性、寛容性、そういうものに目を向けてウェルビーイングを最大限発揮することを目指します。
ウェルビーイングという概念も、ポジティブ心理学がここまで発展する前に、すでに似たような考え方を、社会心理学者のアントノフスキーが提唱していました。
アントノフスキーの健康生成論
アントノフスキーは、逆境に出会うなどの過酷な状況でも、健康であり続けることできる人の特徴として、Sense of Coherence(SOC)と言われる自己一貫性の感覚という概念を持ち合わせていることを見つけています。
何が起ころうと私は私であり続けることができるという力を持った人は、ストレス対処能力が高いということが、ポジティブ心理学以前から知られていました。
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2.ポジティブ心理学の定義とは
ポジティブ心理学の定義についてみていきましょう。
心理学の論文のデータベースであるPsycINFOに、2003年に初めてその定義が載せられました。
「精神病理や障害に焦点を絞るのではなく、楽観主義やポジティブな人間の機能を強調する心理学の取り組み(PsycINFO, 2003)」
歴史的には、マーティン・セリグマン(Martin E.P. Seligman)が、アメリカ心理学会の会長就任挨拶を行った際に、これから心理学が目指すところは、人間の優れた機能を形成することに力を注ごう、ということで初めて講演をしました。これを機に一気にポジティブ心理学が広がっていきました。
働く人の人生を実りある充実した楽しいものにするために、科学的にウェルビーイングを高める心理学としてのポジティブ心理学があります。つまり、心のポジティブな面に着目する視点が重要です。
ただ単に幸せになるということではなく、幸せをデータに基づいた実証科学として、ポジティブ心理学をしていこうと世界の心理学者がセリグマンの心理学研究に追従していきました。
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3.ウェルビーイング~ポジティブ心理学の中核概念
ポジティブ心理学の中核になる概念として、ウェルビーイングがあります。
ウェルビーイングとは、Well-being=包括的で、個人のみならず個人を取り巻く「場」が持続的によい状態であることをいいます。
ウェルビーイングは、大きく分けて2つに分けられます。
- 快楽追求型(Hedonic Well-Being ):今楽しい、幸せだ、人生満足感といった概念
- 生きがい追求型(Eudaimonic Well-Being):自分の人生を肯定的に捉えると同時に成長していこうとする自己実現を目指していく概念
セリグマンは、ウェルビーイングの要素の5つの頭文字を取ってパーマモデル(PERMA)を提唱し、ポジティブ心理学の柱としています。
ウェルビーイングの5要素
- ポジティブな感情(Positive emotion)
- 夢中になれること(Engagement)
- 人とのつながりを感じること(Relationships)
- 意味を感じること(Meaning)
- やり遂げること(Accomplishment)
楽しいに始まり、そして幸せな人生になり、それを越えて意味ある人生を作っていくことが基本であると述べており、この5つの要素がよりよく生きていくために重要であるとしています。
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4.心の要素と働きの仕組み~ポジティブ心理学の実践
ポジティブ心理学を実践するための知識として、心の要素と働きの仕組みについてご紹介します。
私たちの心というものは、ものを見たり、聞いたり、考えたりという認知の部分があります。
喜怒哀楽と呼ばれている感情という側面、そして、そういうものを受けて行動を起こす、あるいは言語化するという生理的な反応も含みます。
心はこのような要素から成り立ち、それを司令塔のように統括し、ものの見方、考え方、そして行動の起こし方、それを決めているのが自分という性格、これが心理学が考える心の働きです。
ポジティブな心というのは、自分と他者、あるいは社会と上手に関われるようになれることです。逆に自分が非常にネガティブに思っていると、関わりを避けてみたり相手のネガティブなところを見つけて、自分をより良く見せようという防衛的な心理も働きます。
心の働きとして、自分が満足していれば、幸福で心身の健康に満ちた人生というものが可能になるといえます。
出来事に対する見方や捉え方、それによって行動に変化が起こります。前向きな気持ちになるというポジティブな心の機能があるということに気付いてほしいです。ポジティブ心理学というのは、そのための知識や情報を提供してくれます。
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5.ポジティブ心理学に関する基礎的な研究
ポジティブ感情の経験をすることで、見方や考え方そして行動に変化が生まれ、前向きな気持ちになります。それが、成功に繋がるチャンスを生み、健康度や幸福度があがるといわれています。
成功する人材というのは、成功したから楽観的になる、あるいは幸せになるのではなく、楽観的な特性を持っているから成功するといえます。
楽観回路がよく働く人の行動特性
- 自己否定につながるネガティブな考えに懐疑的
- 不安などのネガティブ感情が招く弊害を知っていて、冷静さを保とうとする
- 現状を素直に受け入れようとする
- 物事をさまざまな角度から見る余裕がある
- ポジティブな経験を楽しもうとする
- 結果を早急に求めない
楽観回路がよく働く人は、ネガティブな考えに対して懐疑的であり、失敗をありのまま受け入れ、異なる視点から建設的に問題を乗り越える傾向があります。
広い視野で問題を捉えることでポジティブ感情を経験し、行動のレパートリーが広がり、成功のチャンスを増やし、ポジティブ感情をさらに高めます。この考え方はフレドリクソンの提唱する理論に基づいています。
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情報提供者
津田彰 先生(公認心理師、臨床心理士、医学博士)
【プロフィール】
健康・医療心理学、産業・組織心理学、ポジティブ心理学などをご専門とされています。
心理学に関して数多くの著書を執筆、ご講演・論文の発表もされており、多くの賞を受賞されています。
2021年4月 久留米大学 名誉教授
2021年4月 帝京科学大学 医療科学研究科 教授(現在に至る)
2022年4月 久留米大学 医学部 客員教授 (久留米大学)