高齢労働者の健康管理と安全配慮義務
日本の職場における高年齢労働者の割合は年々増加しており、それに伴い労働災害のリスクも高まっています。特に60歳以上の労働者では、転倒や墜落による事故が若年層よりも大幅に多く、健康状態の影響で休業期間が長期化する傾向にあります。こうした状況を踏まえ、企業には高年齢労働者の安全管理と健康維持を考慮した対策が求められています。本記事では、高齢労働者の安全対策や企業が果たすべき責任、今すぐ取り組むべきポイントについて詳しく解説します。
<目次>
1.高年齢労働者の増加と安全管理の重要性
2.高齢労働者が抱える健康リスクと安全対策
3.企業に求められる安全配慮義務とは?
4.高齢労働者向けの健康管理施策
5.企業が今すぐ取り組むべきこと
1.高年齢労働者の増加と安全管理の重要性
厚生労働省では60歳以上を高年齢労働者と定義しており、令和6年5月の厚生労働省の発表によると、令和5年の高年齢労働者は1138万人、雇用者全体に占める割合は18.7%となっており、年々緩やかに増加傾向にあります。また、労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の高齢者は約4万人、全体に占める割合は29.3%で、労働者の増加具合と比較するとかなり右肩上がりに上昇しています。60歳以上の男女別の労働災害発生率を30代と比較すると、男性は約2倍、女性は約4倍となっており、休業見込み期間も年齢が上がるにしたがって長期間となることから、高年齢労働者における安全管理は近年重要な課題となっています。
2.高齢労働者が抱える健康リスクと安全対策
高年齢労働者の労働災害を事故の型別にみると、男性の場合、「墜落・転落」の60歳以上の発生率は20代平均の約3.6倍、女性の場合、「転倒による骨折等」の60歳以上の発生率は20代平均の約15.1倍となっています。高齢になると筋力や柔軟性の低下など身体的な衰え、視力や聴力の低下、反応速度の低下が起こるためこのような事故が発生しやすくなるほか、特に女性は加齢によるホルモンバランスの変化によって骨粗しょう症が進みやすく、ささいな転倒でも骨折しやすくなります。また高齢者の多くは何らかの持病を抱えて日常的に服薬していることも多く、その副作用でめまいやふらつき、眠気などを生じ、転落や転倒を起こすこともあるでしょう。
これらのリスクに備えるため、定期的な健康診断や運動プログラムなどの健康管理のサポート、転倒や転落を防ぐための作業場の安全確保や、作業環境を明るくして視認性を確保する、安全標識や注意喚起を見やすく設置して行うなどの作業環境の改善が安全対策として必要です。また、過度な負担をかけないために働き方に柔軟性を持たせたり、健康状態を監視できるスマートデバイスを導入するなどテクノロジーを活用した支援を考えるといった工夫も効果があります。
3.企業に求められる安全配慮義務とは?
高齢労働者を雇用している企業には、当該の労働者の認知・身体機能などが低下していても安全に働くことができる環境を整える「安全配慮義務」があります。労働安全衛生法に基づく基本的な義務を超えて、従来から取り組まれている設備面の対策だけではなく、加齢による身体機能の変化に対応した安全対策を講じることを意味し、取り組みを実現させるためのガイドラインとして高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)が厚生労働省より公表されています。エイジフレンドリーとは「高齢者の特性を考慮した」を意味する言葉です。ガイドラインでは、事業者に対し、5つのポイントで取り組みを実行することを求めています。
①安全衛生管理体制の確立等
管理者は労働者の安全衛生や快適な環境を守るために体制を確立・整備する必要があります。経営トップが自ら安全衛生方針を表明し、担当する組織や担当者を指定します。また、高年齢労働者の身体機能の低下などによる労働災害についてリスクアセスメントを実施します。
②職場環境の改善
加齢とともに視力や聴力等の感覚機能や瞬間判断機能、反射的対応能力などが低下すると言われており、これが労働災害と結びつく原因ともなります。そのため、作業場の照度の確保、段差の解消、補助機器の導入等、身体機能の低下を補う設備や装置の導入が必要です。また、シフト制や短時間勤務を取り入れるといった勤務形態等の工夫、ゆとりのある作業スピード等、高年齢労働者の特性を考慮した作業管理を行います。
③高年齢労働者の健康や体力の状況の把握
健康診断や体力チェックにより、事業者、高年齢労働者双方が労働者本人の健康や体力の状況を客観的に把握します。
④高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応
③で得た状況に応じて安全と健康の点で適合する業務をマッチングします。例えば腰痛を訴える労働者がいたら、負担のかかる作業を減らし、デスクワークや簡単な補助作業を割り当てるといった配慮が必要です。また、高年齢者の多くは何らか持病を抱えています。持病を抱えながら働き続ける場合は治療と仕事の両立ができるような体制を支援することも大切です。
作業前後に筋肉や関節をほぐすストレッチ体操を取り入れたり、レクリエーションの一環でウォーキングプログラムを行うなど、集団・個々の労働者を対象に身体機能の維持向上に取り組むことも労働災害予防として取り入れたいアイディアです。
⑤安全衛生教育
「ベテランだから大丈夫」という先入観は持たず、十分な時間をかけ、写真や図、映像など文字以外の情報を活用し、記憶力が低下する傾向にある高年齢労働者でも印象に残る工夫をした教育を実施します。再雇用や再就職等で経験のない業種や業務に従事する場合には、特に丁寧な教育訓練が必要です。
4.高齢労働者向けの健康管理施策
エイジフレンドリーガイドラインでは、労働者に求められる取り組みについても記載があります。労働者は自身の身体機能や健康状況を客観的に把握し、健康や体力の維持管理に努めることが求められます。また、日ごろから運動を取り入れ、食習慣の改善等により体力の維持と生活習慣の改善に取り組む必要があります。自身でなかなか取り組めない労働者のために、職場でこのような機会を提供することも、衛生管理者が提案できる良いアイディアかもしれません。前述した作業前の簡単な運動プログラムや、社外から管理栄養士などを招いて食生活指導の機会を設けるなど、いろいろと実践できることがありそうです。
5.企業が今すぐ取り組むべきこと
高年齢労働者の労働災害を減らすためにすぐ取り組むべき4つのポイントを紹介します。
Ⅰ.作業環境の安全性の見直しと改善
■墜落・転落防止対策
前述した通り、60歳以上の男性の高年齢労働者において最も多い事故の型です。死亡災害など重篤な災害へもつながりやすく、対策に細心の配慮が必要です。安全帯やハーネスの着用を義務化し適切に使用しているかをチェックする、高所作業において無理をせず安全に作業を完了できるような作業手順の見直しなどがあります。
■転倒防止対策
前述した通り、60歳以上の女性の高年齢労働者において最も多い事故の型です。転倒は骨折等の重篤な災害につながりやすく、同じ骨折でも若年者に比べ休業期間が長期化する傾向にあります。高年齢者は筋力も低下しやすいため、休業期間が長引き動かない時間が長くなると最悪の場合寝たきりになるなど生活自体にも影響が出ることがあるため注意が必要です。床に滑り止めを施す、手すりや安全柵を設置する、作業場を整理整頓し障害物を除去する、適切な作業靴を支給するなどの対策をするとよいでしょう。
Ⅱ.作業負担の軽減と作業の見直し
■重量物取り扱い方法の改善
荷の取り扱い、運搬作業を人力に頼っている場合は、高年齢者にとって荷が重すぎてバランスを崩して転倒につながったり、握力不足によって荷を落とすことによりケガが生じたり、運搬距離が長いことにより腰を痛めるなどの災害が生ずることがあります。このような負担のかかる作業は他の若年層の労働者へシフトし、高年齢労働者を軽作業や手元作業に割り振るなど、業務の適切な分担が必要です。ロボットや搬送システムを導入することも検討の余地があります。
Ⅲ.メンタルヘルスとストレス管理の強化
定期的なカウンセリングやストレス軽減のための研修を取り入れたり、休暇を取りやすくするなど柔軟な勤務体制を作ることで高年齢労働者のストレスを軽減します。
Ⅳ.社会的交流とチームワークの強化
高年齢労働者は職場での自分の役割の変化に伴って、モチベーションが低下したり若年者との世代間ギャップ等から職場で話し相手がいなくなって孤立し、困ったことがあっても相談相手がいないという状況に陥ることがあります。定期的なチームミーティングや社員交流イベントなどで全従業員が交流できる場を設けたり、休憩時間や食事時間を他の労働者と過ごせるようにし、交流を深められる場を提供することが必要です。
■参考資料
1)令和5年 高年齢労働者の労働災害発生状況|厚生労働省
2)高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン概要(エイジフレンドリーガイドライン)|厚生労働省
■執筆/監修
<執筆> 衛生管理者・看護師
<監修> 難波 克行 先生(産業医、労働衛生コンサルタント)
アドバンテッジリスクマネジメント 健康経営事業本部顧問
アズビル株式会社 統括産業医
メンタルヘルスおよび休復職分野で多くの著書や専門誌への執筆。YouTubeチャンネルで産業保健に関わる動画を配信。
代表書籍
『職場のメンタルヘルス入門』
『職場のメンタルヘルス不調:困難事例への対応力がぐんぐん上がるSOAP記録術』
『産業保健スタッフのための実践! 「誰でもリーダーシップ」』