職場ごとに異なる労働災害対策:業種別のポイントを解説
労働災害は業種ごとに発生傾向が異なり、適切な対策を講じることが重要です。特に製造業、建設業、社会福祉施設では、それぞれ特有のリスクがあり、予防策の徹底が求められます。本記事では、最新の労働災害データをもとに、業種別の傾向を解説するとともに、具体的な安全対策の立案方法を紹介します。安全管理者や衛生管理者が取り組むべきポイントを詳しく解説し、労働環境の改善につながる実践的なヒントをお届けします。
<目次>
1.業種別の労働災害の傾向
2.各業種に特化した対策の立案方法
3.危険性の高い作業に対する衛生管理者の役割
4.ケーススタディ:事故の型別で見る労働災害事例
1.業種別の労働災害の傾向
令和5年の概況報告によると、業種別の死傷者数は、1位が製造業(20%)、2位が陸上貨物運送事業(11.9%)、3位が小売業(11.9%)、4位が建設業(10.6%)、5位が社会福祉施設(10.3%)となっています。その中からここでは、一例として製造業、建設業と社会福祉施設についてそれぞれの傾向を紹介します。
①製造業
死亡者数は前年比で2人(1.4%)現象、死傷者数は前年比で500人(1.9%)増加。死傷災害で見ると、事故の型別では機械による「挟まれ・巻き込まれ」が最多(23.4%)、次いで「転倒」(21.4%)、「動作の反動・無理な動作」(11.7%)となっています。食料品製造業、金属製品製造業、化学工業の順に労働災害が多く起きています。
②建設業
死亡者数は前年比で58人(20.6%)減少、死傷者数は前年比で125人(0.9%)減少。死傷災害で見ると、事故の型別では「墜落・転落」が最多(31.6%)、次いで「挟まれ・巻き込まれ」(11.8%)、「転倒」(11%)となっています。土木工事業、建設工事業、その他の建設業の順に労働災害が多く起きています。
③社会福祉施設
死傷者数は前年比で1269人(9.9%)増加。事故の型別では「動作の反動・無理な動作」が最多(34.7%)、次いで「転倒」(34.0%)、「墜落・転落」(6.5%)となっています。他業種と比較して50歳以上の女性労働者の割合が多いことが特徴で、本業種において「動作の反動・無理な動作」「転倒」が多く発生している要因として考えられています。
2.各業種に特化した対策の立案方法
ここでは、各業種に特化した対策について解説します。
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①製造業
常時50人以上の事業場規模で、製造業(物の加工業を含む)、建設業、鉱業などの業種にあたる場合、安全管理者を選任する必要があります。製造業の中でも、特に有機化学工業製品や石油製品は300人以上、無機化学工業製品、化学肥料は500人以上、紙・パルプは1000人以上の事業場規模の場合、安全管理者のうち少なくとも1人を専任の安全管理者とする必要があります。安全管理者には一定の要件が定められています。安全管理者は主に物理的な側面から、衛生管理者は主に労働者の健康に関する側面から協力してリスクアセスメントを行い、安全と健康の対策を立てることが必要です。
製造業で最も多く発生している機械による挟まれ・巻き込まれの事故予防が基本となり、さらに業種に合わせて化学薬品・消毒液の取り扱いについてのリスク(食料品製造業)、高温での作業環境による火災や爆発のリスク(金属製品製造業)、有毒ガスの発生や化学薬品の皮膚や目への接触、吸引による中毒のリスク(化学工業)を考慮して対策を立案しましょう。
機械による挟まれ・巻き込まれの予防については、機械の安全装置の設置や点検、適切な保守管理などが、火災や爆発のリスクについては、火気作業の監視や安全管理、換気設備など安全な作業環境の維持などが考えられます。化学薬品による労働災害予防については、有害化学物質や、引火性・毒性の強い化学物質を取り扱う業務がある場合、化学物質管理者の選任が2024年4月より義務化されています。化学物質管理者が中心となって、納品業者や製造会社から入手することができる化学物質に関する安全データシート(SDS)を活用して取り扱い規定を徹底することや、保護具着用管理責任者が中心となり保護具の適切な使用を促す、また安全管理者、衛生管理者、化学物質管理者、事業者が協業して緊急時対応策を整備する、といったことが考えられます。
②建設業
様々な種類の機械や重機、高所作業、狭い場所での作業など多くの危険が伴うため、建設現場特有の危険因子を理解し、それに応じた対策を講じます。
例えば作業ごとのリスクアセスメントの実施、定期的な安全教育や緊急時対応訓練、実技訓練の実施、安全装置の設置や警告標識の設置など作業環境の安全対策の実施、機械や重機の作業前チェックリストを導入した安全管理、火気管理の徹底、不用意な立ち入りを防ぐ危険区域の設定などの対策が考えられます。
③社会福祉施設
介護業界を始め社会福祉施設では、特に利用者との接触や支援が多いため、身体的な負担や精神的なストレス、感染症リスクなどに注意が必要です。特に多い「動作の反動・無理な動作」は主に利用者の移動支援や介護作業に伴うものです。こういった身体的負担を減らすためには作業導線の整理や介護用具・補助具の導入といった作業環境の整備、介護技術・移動支援方法の教育などが有効です。
またストレスチェックの実施やカウンセリング・サポート体制を整えるといったメンタルヘルスケアの実施も重要です。これらを加味して予防対策を立案しましょう。
3.危険性の高い作業に対する衛生管理者の役割
ここでは製造業(工場)を例に、作業別に衛生管理者が講じるべき対策について説明します。基本的に責任の所在は事業主にありますが、策定したマニュアルを遵守しないなど労働者自身の行動や過失が原因で事故やケガが発生した場合は労働者への責任も問われます。各対策について、衛生管理者は双方への指導的役割にあると言えます。
■化学物質を扱う作業
化学物質管理者が中心となり、先述した化学物質の安全データシート(SDS)を参照し、取り扱い方法や緊急時の対応を確認します。また、有毒ガスや蒸気が発生する作業では、安全管理者が主体となり、換気装置が適切に設置されているかの確認や定期的な点検を行います。保護具着用管理責任者を中心に、労働者へはマスクや保護服、手袋などの防護具の適切な選択、使用方法の指導を行います。衛生管理者は、労働者に定期的な健康診断を実施し健康状態を評価するほか、有害な化学物質への暴露の評価と対策、SDSの確認や作業環境のモニタリングなどを行い有害化学物質による健康リスクの評価を行います。労働者への健康教育など主に労働者の健康の側面から労働安全対策をサポートします。
■高温・高圧作業
安全管理者が中心となり、作業場所の温湿度の管理を適切に行い、エアコンや冷却装置を使用して環境調整を行います。また高圧作業についてはどの部分で事故が起こる可能性があるのか、危険源の特定とリスクアセスメントを行い、高圧設備や機器の定期的な点検と保守を実施します。衛生管理者は高温や高圧作業が健康にどのような影響を与えるのかを評価し、熱中症や圧力変動による肺への影響、二酸化炭素中毒などの健康リスクに備えられるよう、各種マニュアルを作成、配布し労働者への教育を実施します。
■騒音の大きい作業
安全管理者が中心となり、作業場の騒音レベルを定期的に測定し、法令で定められた許容限度を超えていないかを確認します。防音カバーや吸音材などの導入を検討して騒音源を低減することも効果的です。衛生管理者は聴力障害や精神的なストレスなど騒音による健康リスクを評価し、定期的に検査を実施して健康管理に努めます。安全管理者と協力し、労働者に対して耳栓やイヤーマフなどの音響保護具を配布し使用方法を指導したり、使用状況の監視、定期的な交換やメンテナンスを行うことも必要です。
■機械を使用した危険作業
安全管理者が中心となり、安全カバーや防護柵を設置し動作中の安全を確保します。また緊急時に素早く機械を停止できるよう、非常停止ボタンや緊急停止ボタンがアクセスしやすい位置に正しく設置されているかの確認も重要です。単純な操作ミスや不安全な作業による労働災害を予防するため、標準作業手順書の作成や、特に危険性の高い機械については操作前に専門的な訓練を行うなど、作業手順についての教育を現場で実施します。衛生管理者は、機械による振動や長時間同じ姿勢で作業を繰り返すことが引き起こす健康リスクを評価し、定期的なモニタリングや健康診断、休憩方法の指導などを実施します。
■粉塵の発生する作業
安全管理者が中心となり、作業場で発生する粉塵濃度を定期的に測定し、基準値を超えないよう監視し、基準値を超える場合は換気装置を強化する、集塵機を導入するなどの対策を検討します。局所排気装置や集塵装置を設置し、粉塵が作業者に届かないようにするなどの作業環境の改善も行います。
衛生管理者は粉塵の種類や、粉塵が引き起こす健康リスク(呼吸器系の疾患やアレルギー、皮膚障害など)を評価し、モニタリングや定期的な健康診断やフォローアップといった健康管理プログラムを実施します。また、粉塵マスクや呼吸器など呼吸保護具の着用指導を実施し、定期的に密閉性の確認を行い、必要に応じてマスクの交換を行います。
4.ケーススタディ:事故の型別で見る労働災害事例
①製造業における挟まれ・巻き込まれ事例
作業場で樹脂粉末をプレス機で圧着成型する作業中、プレス機から圧着後の金型を取り出す工程で、本来はプレスが上昇している時に手を入れて金型を取り出すべき所、プレスが下降中に手を入れてしまい、手をはさまれそうになった。
■原因
- 下降中のプレスの下に手を入れたこと
- 設備の安全対策が不十分
■対策
- プレスの下降時に身体の一部が危険領域に入ったときはプレスが自動停止するインターロックを取り付ける
- 手の代わりに手工具を使用し、手を入れる必要のないように作業内容を変更する
このような事例を踏まえ、労働安全衛生規則101条では、「事業者は、機械の原動機、回転軸、歯車、プーリー、ベルト等の労働者に危険を及ぼすおそれのある部分には、覆い、囲い、スリーブ、踏切橋等を設けなければならない。」と規定されているほか、131条ではプレス等の危険の防止について定められています。
②建設業における墜落・転落事例
木造3階建集合住宅建設工事において、塗料缶(18.0L)運搬のため、1層目地上2.2mの足場上での作業者が差し出された塗料缶を受け渡すとき、手をロープから滑らせよろめいた。
■原因
- 塗料缶を渡すため足場板の前に出過ぎて不安全な位置で渡そうとした
- 受け渡しに際してお互いの合図が一致しなかった
- 墜落防止の手すり等がはずされていた
■対策
- 高さ2m以上の足場では、手すり、中桟、幅木等を取り付けるとともに、滑車などを設けて作業をする
- 高所での荷受け作業では、安全帯を使用する
このような事例を踏まえ、労働安全衛生規則第4章では、足場の設置基準や安全帯の使用義務、ロープ作業に関する規定などが定められています。
③介護業界における動作の反動・無理な動作事例
入浴介助中、利用者が自力で立ち上がれなかったため、介助者がお湯を抜いて浴槽に入り、利用者の脇を抱えて前かがみで引き上げようとしたところ、腰を痛めそうになった。
■原因
- 狭い浴槽で無理な体勢で引き上げようとした
■対策
- 利用者を抱える際は、腰を屈めない正しい姿勢で行うこと
- 複数名での作業を検討すること
厚生労働省のホームページでは上記で紹介したヒヤリ・ハット事例の他に労働災害事例集も公開されています。業種や事故の型、起因物やキーワードの他、発生要因別でも検索ができ、死亡災害や重大災害などの事例について発生状況や原因、対策が紹介されています。自社の業種に適した労働災害対策を考える際に参考にすると良いでしょう。
■参考
1)職場のあんぜんサイト:安全管理者[安全衛生キーワード]|厚生労働省
2)労働安全衛生法の新たな化学物質規制|厚生労働省
3)令和5年労働災害発生状況の分析等|厚生労働省
4)製造業における労働災害防止のイロハ|彦根労働基準監督署安全衛生課
5)建設工事における労働災害防止対策|厚生労働省
6)介護労働者の転倒災害(業務中の店頭による重症)を防止しましょう|厚生労働省
7)職場のあんぜんサイト:化学物質:GHSモデル SDS情報
8)職場のあんぜんサイト:ヒヤリ・ハット事例
9)職場のあんぜんサイト:労働災害事例
■執筆/監修
<執筆> 衛生管理者・看護師
<監修> 難波 克行 先生(産業医、労働衛生コンサルタント)
アドバンテッジリスクマネジメント 健康経営事業本部顧問
アズビル株式会社 統括産業医
メンタルヘルスおよび休復職分野で多くの著書や専門誌への執筆。YouTubeチャンネルで産業保健に関わる動画を配信。
代表書籍
『職場のメンタルヘルス入門』
『職場のメンタルヘルス不調:困難事例への対応力がぐんぐん上がるSOAP記録術』
『産業保健スタッフのための実践! 「誰でもリーダーシップ」』