心疾患の治療と仕事の両立支援~疾患の特徴と配慮のポイント~
心疾患は、日本人の死因第2位であり心疾患の患者は約306万人です。そのうち、19%(58.3万人)が就労世代(20~64歳)です。心疾患は、治療後通常の生活に戻り職場復帰できるケースが多く存在しますが、治療法や治療後の心機能によっては、就業上の配慮が必要な場合もあります。
産業保健スタッフは、疾患や治療の経過を正しく理解し、労働者の病状や業務内容、職場の状況等を踏まえて、関係者とともに適切な就業上の措置を検討することが重要です。
本記事では、治療と仕事の両立支援について、心疾患を中心に解説します。
目次
1. 治療と仕事の両立支援と体制整備による効果
1)治療と仕事の両立支援とは
治療と仕事の両立支援とは、今まで元気に働いていた人が、急な病気や怪我により今まで通り働けなくなったとき、労働者本人の病気への理解と就業を継続する意志の表明を原則として、事業者が働きながらも通院できる仕組みづくりや就業上の措置や配慮を行うことで働き続けることができる環境を整えることをいいます。
日本では、高齢化が進んでおり、働く人の高齢化も避けることはできません。そのため今後はさらに、治療を必要とする労働者が増えることが予想されます。
治療と仕事の両立支援は、労働者本人からの申し出によって実施されます。また、労働者本人が、主治医の指示に基づいて主体的に取り組むことが重要です。
事業場側には、労働者が申し出をしやすい環境づくりや、適切な対応、適切な情報の取り扱いとともに、安全配慮義務を遂行することが必要です。産業保健スタッフは両者が適切な形で対応できるよう、サポートする役割を担います。
2)治療と仕事の両立支援体制を整備することによる効果
治療と仕事の両立支援には、以下のようなメリットがあります。
- 病気や怪我になっても仕事を続けられるため、労働者が安心して働くことができる
- 労働者のワークライフバランスが向上する
- 事業場の継続的な人材確保が可能となる
- 多様な人材の活用による組織や事業が活性化する
- 企業イメージが向上する
反対に、体制が整っていない場合は、以下のようなデメリットがあります。
- 労働者の離職が増える
- 無理して働き続けた労働者の病状が悪化する
- 安全配慮義務違反や労働災害発生のリスクが増加する
3)両立支援を実現するための環境整備(事前準備)
両立支援を実施するためには、事前に下記の4点について環境を整える必要があります。
① 事業者による基本方針やルールを制定し、全労働者へ周知する
② 研修の実施や掲示を通して、全労働者に向けて、両立支援に関する意識啓発を実施する
③ 相談窓口の設置と明確化
④ 体制の構築・整備
ⅰ勤務制度や休暇制度等を設置する
例)時差出勤、時間単位の有休取得、傷病休暇、短時間勤務制度、テレワーク等
ⅱ 経済的問題の不安軽減に対する取り組み
例)傷病手当金や、公的機関などについての情報提供
ⅲ 関係者間の役割の整理(労働者本人、人事労務担当者、上司・同僚等、産業保健スタッフ)と主治医との連携方法の整備
4)治療と仕事の両立支援の流れ
両立支援を必要とする労働者が、主治医に対し自身の仕事に対する情報を提供(①)し※1、就業継続の可否や、必要な配慮等についての主治医の意見(②)を収集し、それを事業場に提出します。(③)
企業・事業者は③を踏まえて産業医に意見聴取※2し、就業上の措置や配慮内容等を決定します。
※1必要な情報を収集しやすいように、「勤務情報提供書」などの事業場が定める様式等を活用するとよいでしょう。 ▶勤務情報提供書のWordフォーマットはこちら ※2産業医から意見聴取する際には、「産業医意見書」として事業場が定める様式等を活用するとよいでしょう。 ▶産業医意見書のWordフォーマットはこちら |
■両立支援プランとは
事業者が、労働者が就業の継続が可能であると判断し、就業上の措置等を決定した場合に策定する、具体的な措置や配慮内容及びスケジュール等についてまとめた計画のことをいいます。
プランの実施中にも、症状や治療状況、業務内容の変化に応じて継続的に支援できるよう、定期的な確認や見直しが必要です。
▶両立支援プランのWordフォーマットはこちら
2. 心疾患の特徴と就業
1)代表的な心疾患
心疾患には、冠動脈や心臓弁の疾患や脈の乱れを起こす疾患、先天性のものなどがあります。
ここでは、代表的なものとして、虚血性心疾患、不整脈、心不全について説明します。
■虚血性心疾患
【病態】
- 冠動脈が動脈硬化等で狭くなることで、血流が悪くなり(虚血)、心筋に必要な酸素や栄養が十分に行き渡らない状態
- 「狭心症」は冠動脈が細くなり血液の流れが悪くなった状態、「心筋梗塞」は血液が流れなくなり心臓の組織が壊死して、心機能が低下した状態を指す
【症状】
- 狭心症:階段を上がったり、重い物を持ち上げたりする動作に伴って、胸の痛み、胸の締め付けや圧迫感が、1~5分程度続く
- 急性心筋梗塞: 突然締め付けられるような激しい胸の痛みが生じ、冷や汗、吐き気といった 症状が10分~数時間程度続く
【就業上の対応】
重症度に応じて、運動の制限等が必要な場合もある
■不整脈
【病態】
- 脈がゆっくり打つ、速く打つ、不規則に打つ状態
- 運動や精神的興奮による生理的なものと、誘因なく発生する病的なものがある
- 病的な不整脈は心臓に流れる電流の発生源や伝達経路に異常があることで生じる
【症状】
- 程度が軽ければ自覚症状を伴わないことも多い
- 脈が速いと、動悸、胸痛や不快感などを生じることがある
- 脈が極端に遅い/速いと、ポンプ機能がうまく働かないため、息切れ、ふらつき、めまいや失神を生じることがある
【就業上の対応】
重症度に応じて、運動の制限等が必要な場合もある
■心不全
【病態】
- 心臓が全身に血液を送り出すポンプ機能が低下した状態
- 心筋梗塞や狭心症、不整脈、弁膜症、高血圧、先天性心疾患など様々な疾患が原因となる
【症状】
- 坂道や階段を昇るときに、息切れや動悸を生じ、疲れやすくなる
- 足がむくんだり、急に体重が増えたりする
- 咳、痰がでたり、横になると呼吸が苦しくなる
【就業上の対応】
- 動悸、息切れ、疲れやすい等の症状がみられる場合には、重量物の運搬や暑熱環境など身体に過度な負担がかかるような業務は避ける必要がある
- 運動制限等が必要な場合もある
2)心疾患の治療
心疾患の治療は、薬物療法と非薬物療法(手術やカテーテル治療、心臓リハビリテーションなど)を組み合わせて行います。
疾患の種類や心機能によって様々です。治療法によっては、生涯にわたって通院や服薬が必要な場合があるため、就労に際して配慮が必要なケースもあります。
代表的な治療法を下記の図に示します。
■薬物療法の例
虚血性心疾患や心房細動においては、抗血小板薬・抗凝固薬の内服をすることがあり、出血した場合とまりにくくなるため、怪我等に注意が必要です。
また、再発予防のために、高血圧、糖尿病、脂質異常症などをコントロールすることが重要であり、仕事をしながら規則的な服薬をする必要があります。
■カテーテル治療
手や足の動脈からカテーテルを挿入して様々な治療を実施します。開胸手術より体への負担が少なくなります。
■手術
順調に経過すると、術後1か月程度で日常生活に復帰できるといわれています。術後、胸骨が癒合するまで3か月程度かかります。術後しばらくは、重量物の運搬など業務制限が必要な場合もあります。
■デバイス治療(ペースメーカー、ICD等)
不整脈の種類や症状等に応じたデバイスを手術により体内に植え込みます。
- ペースメーカー:徐脈の場合、遅くなった自分の脈を補う。植え込みによる身体活動の制限はほとんどない
- ICD(除細動器):致命的な不整脈を生じうる場合、それを感知して止める。原則、自動車の運転は禁止されている
術後数日で日常生活に復帰できることがほとんどですが、術後1か月程度は動作制限が必要な場合もあります。
電磁波や電動電流等、デバイスの動作に障害をきたす電磁干渉(強い磁石、発電機、モーター等)は避ける必要があります。
■心臓リハビリテーション
体力を回復して自信を取り戻し、快適な家庭生活や社会生活に復帰するとともに、病気の再発や再入院を防止することを目指して行う総合的活動プログラムのことで、運動療法と生活指導、相談(カウンセリング)を含みます。
3)心疾患の特徴
- 疾患や重症度により、急変や突然死のリスクがある
- 病状が外見上わかりにくい
- 就労に伴う病状悪化のリスクがある
就業上の配慮が適切な形で実施できるよう、産業保健スタッフや主治医、事業者が密に連携を取ることが重要です。
■基本的な考え方
治療内容や経過によって、就業上の配慮内容は様々であり、不要なケースも多くあります。さらに職場環境によっても配慮内容が変わるため、労働者の作業内容や職場環境について主治医に十分な情報提供を行ったうえで、主治医から意見を求めることが重要です。
再発・増悪、突然死等のリスクを低減させるために、就業上の措置や配慮を実施することは必要不可欠ですが、リスクをゼロにすることは困難です。これらの措置を継続したうえで、残存するリスクについても、職場側と労働者が共通認識を持ち、随時話し合いや相談ができる体制を整備することが求められます。
■心疾患に共通する対応
心疾患は、長期的な服薬や通院が必要になる場合もあるため、適切に治療を続けられるよう留意する必要があります。
また、長期的に病状が進行していくことも考えられるため、一度復職しても定期的に業務内容や配慮内容を確認する必要があります。
労働者、事業者双方が抱える不安について産業保健スタッフと相談できる環境を整えたり、正しい情報を提供するなど、メンタルヘルスへの配慮も求められます。
4)社会資源の活用
心疾患は、障害者手帳の対象となる場合があり、福祉サービスを受けることができます。必要な場合は、本人に情報提供や確認をするようにしましょう。
労働者自身の疾患による不安や、受けられる社会福祉サービスについては、主治医に相談することが最優先です。職場での相談は、産業保健スタッフや人事担当者、上司などが対応できる体制整備が求められます。
疾患による不安は多岐にわたるため、労働者が相談できる窓口について情報提供することは、労働者の安心につながります。また、両立支援体制を整えるうえで、事業場側の相談にも応じてくれる窓口もあります。
(窓口の例)
- 脳卒中・心臓病総合支援センター
- 居住地の保健所や保健センター
- 医療機関の医療連携室
- 両立支援コーディネーターや社会保険労務士の就労相談窓口
3. まとめ
心疾患を抱えながら働く人は、精神疾患、がん、脳卒中よりも多いことがわかっており、高齢化が進む日本において、心疾患と就労の両立支援は今後もニーズが高まるといえます。
心疾患は、その症状や治療法により、配慮すべき内容や程度が大きく異なるため、主治医との連携が不可欠です。
産業保健スタッフには、疾患の特徴を踏まえたうえで、労働者の健康状態はもちろん、必要な配慮や措置について、事業者や労働者にわかりやすく説明したり、適切なコミュニケーションがとれるようなスキルが求められます。
配慮そのものが目的とならず、事業者、対象となる労働者はもちろん、周囲で働く労働者も含めた事業場全体が働きやすい環境となることを目指す、ということを念頭において支援することが大切です。
■執筆:さんぽLAB 運営事務局 保健師
■参考資料
1) 一般社団法人日本循環器学会|心疾患の治療を続けながら働く方の支援に向けて
2) 厚生労働省|事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン
3) 厚生労働省|働く世代のあなたに心疾患の治療と仕事の両立お役立ちノート
4) 一般社団法人日本循環器協会. 脳卒中心臓病等総合支援センター