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カスタマーハラスメントとは?産業保健スタッフが知っておくべき対策

顧客からの理不尽な要求や暴言で苦しむ従業員への対応に悩んでいませんか。カスタマーハラスメント(カスハラ)による労災認定が増加傾向にあり、2026年度には企業への対策義務化が予定されています。本記事では、産業保健スタッフが知っておくべきカスタマーハラスメント対策について解説していきます。


<目次>

1.カスタマーハラスメントとは何か?定義と現状
2.産業保健への深刻な影響
3.2025年法改正の重要ポイント
4.企業が取るべき具体的対策
5.業種別カスタマーハラスメント対策のポイント
6.産業保健スタッフの役割と対応
7.まとめ


1.カスタマーハラスメントとは何か?定義と現状

カスタマーハラスメントは今、多くの企業で深刻な問題となっています。まずは基本的な定義と現状を理解しましょう。

■法律で定められたカスタマーハラスメントの定義

2025年6月に成立した改正労働施策総合推進法では、カスタマーハラスメントを明確に定義しています。カスタマーハラスメントとは「顧客、取引先、施設利用者その他の利害関係者が行う社会通念上相当な範囲を超えた言動であって、労働者の就業環境が害されるもの」です。

カスタマーハラスメントには3つの重要な要素があります。第一に、顧客等からの行為であること。第二に、社会通念上相当な範囲を超えた言動であること。第三に、労働者の就業環境が害されることです。

正当なクレームとの違いは、要求内容の妥当性と手段の相当性にあります。商品に問題があっても、暴言や威嚇で要求を通そうとすればカスタマーハラスメントです。企業は従業員を守るため、この線引きを明確にする必要があります。

■カスタマーハラスメントの発生状況データ

厚生労働省の最新調査により、カスタマーハラスメントの深刻な実態が明らかになっています。企業の19.5%がカスタマーハラスメント相談を受けており、これはパワハラ(48.2%)、セクハラ(29.8%)に次ぐ第3位です。

労働者の15.0%がカスタマーハラスメント被害を経験しています。特に注目すべきは、カスタマーハラスメントのみが増加傾向にあることです。他のハラスメントが横ばいまたは減少する中、カスタマーハラスメントは確実に増えています。

被害内容で最も多いのは「長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム」(52.0%)です。次に「名誉棄損・侮辱・ひどい暴言」(46.9%)が続きます。これらの数値は、産業保健スタッフが対応を迫られる現実を物語っています。

以下のガイドブックでは、「カスハラ」の現状を当社「アドバンテッジタフネス」のデータから分析し、企業ができるカスハラ対策と合わせて解説しています。無料でダウンロードできますので、ぜひご活用ください。👇
ガイドブック:ストレスチェックデータから見るカスハラ実態調査


2.産業保健への深刻な影響

カスタマーハラスメントは従業員の心身に影響を与える要因として、問題視されつつあります。

■カスタマーハラスメントによる労災認定の実態

2023年9月、カスタマーハラスメントが精神障害の労災認定基準に正式に追加されました。これにより、カスタマーハラスメントによる精神的な病気も労災として認められるようになったのです。

2023年度の統計では、カスタマーハラスメントによる労災認定が52件確認されています。このうち45件が女性で、女性が被害を受けやすい傾向が明確に表れています。精神障害による労災認定全体も883件と過去最高を記録しており、その増加要因の一つがカスタマーハラスメントです。

事業主は従業員の安全配慮義務を負っています。カスタマーハラスメント対策を怠れば、企業は法的責任を問われる可能性があります。産業保健スタッフは、この新しい労災認定基準を理解し、適切な対応を取る必要があります。

以下の記事では、労働災害発生時に衛生管理者が取るべき対応や、労働基準監督署への報告義務、再発防止策の策定方法について詳しく解説しています。万が一の事態に備え、適切な対応フローを把握しておきましょう👇
記事:労働災害発生時に衛生管理者がすべき対応とは?

■従業員への健康被害

カスタマーハラスメント被害者の67.6%が精神的苦痛を経験しています。具体的には、不安感、抑うつ状態、睡眠障害などが現れます。身体症状としては、頭痛、胃痛、疲労感が報告されています。

重要なのは、これらの症状が長期化することです。一度のカスタマーハラスメントでも、長期的に症状が持続する場合もあります。そのため、早期の発見と適切なケアが不可欠です。

休職や退職につながるケースも少なくありません。企業にとっては貴重な人材の損失となり、経営にも大きな影響を与えます。産業保健スタッフは、予防と早期対応の両面で重要な役割を担っています。


3.2025年法改正の重要ポイント

法改正により、企業のカスタマーハラスメント対策は義務となりました。産業保健スタッフも対応が求められます。

■企業の義務化された対策

改正労働施策総合推進法により、すべての事業主にカスタマーハラスメント対策が義務付けられました。相談体制の整備が必須です。従業員が安心して相談できる窓口を設置し、産業保健スタッフも対応できる体制を作る必要があります。

事業主の方針明確化と周知も重要な義務です。カスタマーハラスメントを許さない姿勢を明確に示し、全従業員に周知しなければなりません。産業保健の観点から、メンタルヘルス保護の重要性も併せて伝える必要があります。

事後対応の迅速性も求められています。カスタマーハラスメントが発生した際は、速やかに事実確認を行い、被害者のケアと再発防止策を講じる必要があります。産業保健スタッフは、被害者の心理的サポートで中心的な役割を果たします。

■施行時期と罰則

改正法は2026年度内の施行が予定されています。準備期間は限られており、今から対策を始める必要があります。違反した事業主は、報告徴求命令、助言、指導、勧告または公表の対象となります。

東京都では2025年4月から独自のカスタマーハラスメント防止条例が施行されています。全国的な法改正の先駆けとなる重要な取り組みです。他の自治体でも同様の条例制定が検討されており、企業は地域の動向にも注意が必要です。

産業保健スタッフは、法改正の内容を正確に理解し、社内での啓発活動に参加することが求められます。従業員への教育や相談対応において、法的根拠を示すことで説得力のある対応が可能になります。


4.企業が取るべき具体的対策

効果的なカスタマーハラスメント対策には、事前準備と実際の対応手順の両方が必要です。

■事前準備の重要性

対応マニュアルの作成では、自社の業務特性を反映させることが重要です。接客業、医療・介護業、製造業など、業種によってカスタマーハラスメントの形態は異なります。具体的な事例を挙げながら、対応手順を明確に示します。

従業員教育・研修の実施は以下の内容を含みます。

  • カスタマーハラスメントの定義と具体例
  • 対応時の基本姿勢
  • エスカレーション手順
  • 自己防衛の方法
  • 相談窓口の利用方法

研修は全従業員を対象とし、特に新入社員と管理職に重点的に実施します。産業保健スタッフは、メンタルヘルスの観点から研修内容の監修や講師として参加することが期待されます。

相談窓口の設置では、内部窓口と外部窓口の両方を用意することが理想的です。産業保健スタッフは内部窓口の重要な担い手となります。相談しやすい環境づくりと、迅速な対応体制の構築が必要です。

■カスタマーハラスメントの類型と対応手順

カスタマーハラスメントには、時間拘束型や暴言型など、主に9つの類型があります。それぞれに応じた対応をとることで、従業員の安全と尊厳を守ることができます。

まず重要なのは、従業員の安全を最優先することです。危険を感じた場合は、単独で対応せず、上司や警備、警察などの支援を求めましょう。次に、冷静かつ組織的に対応することが大切です。記録を残し、関係部署と共有して、個人の判断に任せずチームで対応します。

顧客への謝罪は、事実が確認できた範囲に限定します。根拠のない要求や不当な主張には、丁寧ながらも毅然と対応します。必要に応じて、出入り禁止・契約解除・警察への通報などの措置を検討します。従業員を守る対応方針を明確にし、誰もが安心して働ける環境を整えることが、企業に求められています。

表:カスタマーハラスメントの類型と主な対策


5.業種別カスタマーハラスメント対策のポイント

業種によってカスタマーハラスメントの特徴は異なります。それぞれに適した対策を知っておきましょう。

■接客業での対策事例

小売業や飲食業では、顧客との接触機会が多く、カスタマーハラスメントのリスクが高くなります。名札表示の見直しでは、フルネームではなくファーストネームのみの表示に変更したり、ニックネームを使用したりする企業が増えています。

店舗環境の改善策では、防犯カメラの設置と録画機能の活用が効果的です。カスタマーハラスメントの証拠として活用できるだけでなく、抑止効果も期待できます。また、店内放送でカスタマーハラスメント禁止を呼びかけることも有効です。

レジ周りには「録画中」の表示を設置し、不適切な行為を予防します。従業員同士の連携体制も重要で、一人で対応せず、複数人で対応できる仕組みを作ります。

■医療・介護業界での注意点

医療・介護業界では、患者や利用者の心理的不安が背景にあることが多く、対応には特別な配慮が必要です。病気や加齢による不安や痛みがカスタマーハラスメントの原因となる場合があります。

専門職としての対応では、医学的根拠に基づいた説明を心がけます。感情論ではなく、客観的事実を丁寧に伝えることで、理解を得られる場合が多くあります。

家族対応の課題では、患者本人ではなく家族からのカスタマーハラスメントが問題となることがあります。面談時間の設定、説明者の限定、記録の徹底などにより、適切な対応を行います。産業保健スタッフは、医療従事者のメンタルヘルス保護に特に注意を払う必要があります。


6.産業保健スタッフの役割と対応

カスタマーハラスメント対策の中心的な対応は、人事部門やハラスメント相談窓口などが担います。また、社内の対応において、産業保健スタッフは、健康管理の立場から従業員の健康面を支える補助的な役割を果たします。健康相談や面談の中で、カスタマーハラスメントが疑われる相談を受けた時は、社内の対応方針に沿って、担当部署と連携しながら、健康管理の視点から従業員をサポートします。

■相談受付時の対応方法

健康相談の中でカスタマーハラスメントが疑われる場合、産業保健スタッフの役割は、従業員の心身の健康状態を確認することです。まずは相談者の話を最後まで丁寧に聞き、途中で判断や助言をはさまず、共感的な姿勢で受け止めましょう。必要に応じて産業医へ報告し、心身の不調が疑われる場合(例:睡眠障害、食欲不振、集中力低下など)は産業医面談の実施や外部医療機関の受診を勧めます。

■ハラスメント相談窓口・担当者との連携と役割分担

カスタマーハラスメントの事実確認や社内調査は人事部やハラスメント相談窓口の担当業務です。産業保健スタッフは、相談者の同意を得たうえで、必要に応じてハラスメント相談窓口への橋渡しを行いましょう。

■継続的な健康支援

心身の影響が続く場合には、定期的に健康状態の観察を行います。産業医とも連携して、必要に応じて外部の医療機関への受診を勧めるなど、回復を支援します。

■ストレスチェックの集団分析を利用した予防的な対応

ストレスチェックの集団分析は、カスタマーハラスメントなどによる職場のストレス要因を早期に把握するうえで有効です。カスタマーハラスメントが発生しやすい部署では、ストレス反応が高くなる傾向が見られることがあります。

分析結果は、職場環境の改善やハラスメント予防の取り組みに活かすことができます。必要に応じて、ハラスメント対策を担当する部署と情報を共有し、予防的な対応に役立てましょう。産業保健スタッフは、集団分析を通じて得られた健康面の示唆をもとに、職場の課題を整理し、改善提案を行う役割を担います。

以下の記事では、集団分析の仕組みとポイントを整理し、実際の現場で役立つ使い方を具体的に紹介しています。ぜひご覧ください👇
記事:現場で差がつく!ストレスチェックの「集団分析」活用ガイド【産業保健スタッフ必見】


7.まとめ

カスタマーハラスメントは、従業員の健康に影響を与える問題として注意が必要です。2026年度の法改正施行を前に、企業は今すぐ対策を始める必要があります。カスタマーハラスメント対策は、社内のハラスメント担当部門や担当者が中心となって進めることが一般的です。産業保健スタッフは、健康相談の中でカスタマーハラスメント被害の相談を受けた場合、社内の相談窓口や担当者と連携して対応します。従業員の心身の健康を守るため、関係部署と協力して取り組みましょう。

毎年12月は「職場のハラスメント撲滅月間」として厚生労働省に定められています。以下の記事で企業に求められている対応と、産業保健師として果たせる役割について紹介していますので、ぜひご覧ください👇
記事:職場のハラスメント撲滅月間に考える産業保健師ができる実践的アプローチー職場のメンタルヘルスを見直す産業保健師の役割とは


■参考


1)カスタマーハラスメント対策企業マニュアル|厚生労働省
2)業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル (スーパーマーケット業編)等を作成しました。|厚生労働省
3)相談窓口のご案内|あかるい職場応援団 -職場のハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ)の予防・解決に向けたポータルサイト-
4)心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました|厚生労働省


■執筆/監修


<執筆> 豊島優平

幼少期から社交不安に悩まされ、高校時代~独学でメンタルヘルスについて知識を深める。産業技術短期大学校 産業デザイン科を卒業後、2018年~現在まで公認心理師が運営する複数の心理学系メディアにて、執筆・編集を担当。職場のストレス対策~ハラスメント防止など産業保健に関する記事を多数執筆。現在は自身の運営するメディア「マインドフルネス心理学」にて、社交不安を克服した経験をもとに発信活動も行っている。

<監修> 難波 克行 先生(産業医、労働衛生コンサルタント)

アドバンテッジリスクマネジメント 健康経営事業本部顧問
アズビル株式会社 統括産業医

メンタルヘルスおよび休復職分野で多くの著書や専門誌への執筆。YouTubeチャンネルで産業保健に関わる動画を配信。

代表書籍
『職場のメンタルヘルス入門』
『職場のメンタルヘルス不調:困難事例への対応力がぐんぐん上がるSOAP記録術』
『産業保健スタッフのための実践! 「誰でもリーダーシップ」』

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