さんぽLAB

記事

効果的な多職種連携~事例から学ぶケース対応のポイント

産業保健の現場での効果的な多職種連携について、皆さんはどのような工夫をされていますか?
社内のケース対応を進めていくためには、産業医だけでも、産業看護職だけでも、また人事担当者だけでもうまく進めることはできません。関係者が適切にコミュニケーションを取り、ケース対応していくことが重要です。
今回は、対応のポイントについて、具体的な事例をもとに解説していきます。

※本記事は、2023年12月5日に実施された勉強会の内容を元に、次の動画の一部を編集して作成しています。
事例から学ぶ!産業保健活動のための効果的な多職種連携とは?



【目次】
1.常に複数の展開を想定しておく
2.主治医の診断書に対抗できる根拠を持つ
3.対立が続くときは、まず会社が一歩譲る
4.社内の関係者の足並みを揃える
5.「これは労務の問題です」の伝え方
6.まとめ



1.常に複数の展開を想定しておく

健康管理を適切に行うためには、関係者の協力やコミュニケーションが重要になります。しかし、それと同じくらい大事なのが、対応の計画作りです。最終的な落とし所をどうするか、そこまでの道筋をどのように描くか、関係者の足並みをどう揃えるかが大切です。

まずは、常に複数の展開を想定しておくという工夫をご紹介します。
ケース対応をしていて、本人や職場が動いてくれないために対応が止まってしまうという経験をしたことはありませんか?

体調が悪い社員に病院への受診を指示し、紹介状を書いたとします。診断書が出てきたら、自宅療養をさせようという計画です。実際はどうでしょうか?本人が病院を受診しなかったり、病院に行っても診断書が出てこなかったりすることがあります。

そこで常に複数の展開を考えておき、どんなパターンになっても最終的な落とし所に向かっていけるよう計画を立てる必要があります。

例えば、こんな事例を考えてみましょう。
最近遅刻が続いている社員と面談をしたところ、職場のストレスで不眠や抑うつといった症状が出ています。産業医は、病院への受診を勧め近くのメンタルクリニックに紹介状を書きました。おそらく休業が必要という診断書が出てくると思われます。しかし、ただ診断書を待っているだけでは対応がうまく進まないこともあります。そこで複数のシナリオを用意して対策を考えます

  • 受診しなかった
  • 受診はしたが、診断書が出てこなかった
  • 診断書に休業は不要と書かれていた
  • 今後も遅刻が続いた

上記のような場合など想定します。最終的には、体調不良や勤怠不良が続くようなら、きちんと休ませて治療に専念させるという落とし所をイメージし、どんな展開になってもそこに到達できるように対策を考えていきます。

常に複数の展開を想定しておく



2.主治医の診断書に対抗できる根拠を持つ

次のポイントは、主治医の診断書に対抗できる根拠を持つです。
特に復職支援では主治医が復職可、と判断していても産業医が復職不可と判断することがあります。そのような際に、産業医がなぜそう判断したのか判断の根拠を具体的に説明できることが重要です。

例えば、職場復帰の可否の判断の場面では生活記録表の活用をお勧めしました。
生活記録表では、フルタイム勤務を想定した生活リズムが2週間以上継続できるという復職の基準があります。この基準は分かりやすく、説明しやすいので本人はもちろん社内の関係者にも納得してもらいやすくなります。

主人医の診断書に対抗できる根拠



3.対立が続くときは、まず会社が一歩譲る

次に説明するポイントは、会社と本人の対立が長引いた場合の対処法です。
時に社員の希望と会社の考えが対立することがあります。例えば、社員は他の職場に異動したいと希望していますが、会社は元の職場への復帰が原則だと考えている、そういう場面です。

こんな時には、会社が先に1歩譲り、その後で本人が一歩譲るという順番で対応すると対立を解消しやすくなります。

例えば、復職にあたって社員が異動を希望している場面を考えてみましょう。
社内では診断書を持ってくれば異動できるという対応は良くない、というような意見もあって調整が難航しています。実際のところは本人の行動面の問題もあり、受け入れる職場がなかなか見つからないという事情もあるようです。本人も復職先がなかなか決まらないことにかなり不安を感じています。

このまま待っていても問題は解決そうにありません。そこで産業医は人事担当者に下記のようなアドバイスをしました。

  • 体調は十分回復しているので、そろそろ復職先を決めないと後で揉める可能性がある
  • 異動先の調整に時間がかかったとしても、長くてあと2、3ヶ月くらいで調整できないか

すると、会社側も積極的に対応を進めてくれます。完全に本人の希望通りではありませんが、なんとか復職先が決まりました。本人もようやく安心して復職に向けて動き始めたようです。
このように社員と会社が対立して対応がなかなか進まない時には、まず会社側が先に一歩踏み出すことでお互いに歩み寄りながら対応できます

対立が続くときは、まず会社が一歩譲る


4.社内の関係者の足並みを揃える

次に、社内の関係者の足並みを揃える対策について説明します。足並みを揃えるというのは、関係者が全員で情報を共有して対応方針についても認識を一致させて、それぞれが役割を果たすという意味です。そのためには情報共有が重要です。

もし、情報が一部の関係者にしか伝わっていないと、適切な判断や対応が難しくなります。
そこでケース対応における足並みの揃え方や情報共有についてヒントをご紹介したいと思います。

相手の質問の背景にあるニーズを探る

最初に紹介するのは、相手の質問の背景にあるニーズを探るという工夫です。
人事担当者や職場の上司と話す時には単に相手からの質問に答えるだけではなく、その背後にあるニーズや相手の不安を確認することが重要です。

私たちはこれを臨床の場面や保健指導の場面では当たり前のように行っています。
例えば、ある社員や患者さんが「やっぱり薬を飲まないといけませんか」と質問してきた場面を考えてみましょう。「こんな時に当たり前じゃないですか」と返すだけでは、相手の本当のニーズには答えられない可能性があります。代わりに「何か心配なことがあるのですか」と質問することで相手の本当のニーズを理解できます。

産業保健領域は「マルチクライアント」

病院での診察においては、クライアントといえば患者さん本人を指しますが、産業保健領域のケース対応では、クライアントは社員だけではなく、その上司や人事担当者も含まれます。
クライアントからの質問の背景に、どんなニーズがあるのか、どんな課題があるのかを確認して、そのニーズに答えるということが重要です。

産業保健領域は「マルチクライアント」

人事担当者との定期的な打合せ

次に、人事担当者と産業医の定期的な打ち合わせについて説明します。ケース対応において、産業保健スタッフと人事担当者で定期的な情報共有を行うことは絶対に必要です。これによって情報の流れが整理されて、明確になります。そして、コミュニケーションを密に取ることで相談しやすい関係を作れます

打ち合わせは、何かあった時に適宜行うのではなくて、週に1回、月に1回など、あらかじめタイミングを決めておきましょう。日付を決めることでその日までに対応しておかなければ、という締め切りの意識が生まれます。
また、産業医から会社への情報共有を行っていても、会社から産業医への情報提供は不足しがちということもよくあります。そこで産業医から、「復職の調整はどうなっていますか」、「他に何か困っていることはありませんか」という積極的な質問をして情報収集するといいでしょう。


5.「これは労務の問題です」の伝え方

最後に紹介するのは、人事担当者からよく聞く話ですが、せっかく産業医に相談したのに、これは健康管理の問題ではない、労務管理の問題ですと言われ、相談に乗ってもらえず困ることがあるとのことです。産業医は社員の健康状態を評価した上で、そのように対応してると思います。しかし、せっかく相談してきた人事担当者に、ただそれは労務問題だと伝えるだけでは、相手が困ってしまいます。

このような状況が続くと、会社と産業医の間に距離が生まれ、連携が難しくなっていく可能性があります。このような場面では、まず産業医に何を期待しているのか、相手のニーズや課題について最初に確認し、その上で相手が動きやすいように情報提供を行います


相談例)
人事担当者から、産業医へ最近遅刻が続いている社員の面談依頼。
該当社員は、元々はきちんと出社していたが、ここ1、2ヶ月の間に遅刻が増えてきた。職場ではあまり変わった様子はない。
産業医が本人と面談した結果、特に大きな健康上の問題はなく、最近スマホゲームにはまり、つい夜更かしをしまい、その結果、朝起きられないと情報を得る。
産業医は、遅刻が続くとあなたも困るでしょう、と釘をさし睡眠に関する一般的な保健指導を行って面談を終了


この結果のフィードバックについて、具体的な例を挙げて考えていきましょう。

悪い例の対応

社員の面談の後、産業医は人事担当者に、遅刻については健康上の問題はなく、産業医が対応するケースではない、明らかに労務問題なので会社側で対応してくださいと伝えて、一切の助言をせずに突き返してしまいました。この対応に人事担当者は困惑し相談がしにくいなと、産業医への相談のハードルが上がる結果になってしまいました。

良い例の対応

次に、良い対応をご紹介します。まず本人と面談をする前に産業医は、面談の目的や産業医に期待する対応について人事担当者に尋ねました。すると、遅刻についてメンタルヘルスの問題がないかどうか確認して欲しいという依頼がありました。

本人との面談の後で、産業医は人事担当者に生活リズムの乱れと睡眠不足が原因のようで、メンタルヘルスの問題やその他の病気の可能性は低そうですと報告しました。
また、睡眠について保健指導を行ったことや、職場からも指摘をすることが有効だと伝えました。さらに今後も遅刻が続く場合は少しフォローアップが必要なので、職場で様子に変化があった場合には、早めに教えて欲しいと付け加えました。
こうした対応によって、職場や人事担当者側の心配事も解消され、社員への対応もうまく行うことができました。

「これは労務の問題です」の伝え方



6.まとめ

ここまでケース対応のポイントを説明してきました。

ケース対応のポイント


ケース対応をうまく進めるためには、どんな結論や着地点にするか事前に想定し、そこに至る複数の展開を検討することが重要です。さらに、主治医の診断書に負けないように、産業医の判断の根拠をしっかりと説明できることも大切です。また、会社と本人の間で意見がまとまらず、対応が進まない状況では、まず会社が先に一歩譲りその後に本人が一歩譲るという順番で対応するといいでしょう。

また、コミュニケーションのコツとして、相手の依頼の背景にあるニーズを踏まえて対応すること、そして、定期的な情報共有をあらかじめスケジュールに入れておくことを説明しました。さらに、これは健康管理の問題ではないと突き放すのではなく、会社や職場のニーズを踏まえた上で、相手が動きやすい伝え方をすることが重要です。

皆さんの現場でケース対応が少し行き詰まりを感じた時にはこうしたヒントが役立つと思います。

次回の記事では、「人事担当者のタイプ別攻略法」について解説いたします。
▶記事を読む 人事担当者のタイプ別アプローチ~効果的な多職種連携のポイント




講師


難波克行(産業医, 労働衛生コンサルタント)

アドバンテッジリスクマネジメント 健康経営事業本部顧問
アズビル株式会社 統括産業医

メンタルヘルスおよび休復職分野で多くの著書や専門誌への執筆
YouTubeチャンネルで産業保健に関わる動画を配信

代表書籍
『職場のメンタルヘルス入門』
『職場のメンタルヘルス不調:困難事例への対応力がぐんぐん上がるSOAP記録術』
『産業保健スタッフのための実践! 「誰でもリーダーシップ」』




アドバンテッジお役立ちサービス


コメントする