【ウェビナーへのご質問に回答】困難事例に学ぶ!安全配慮義務を踏まえた事後措置の実践
2024年12月10日に開催いたしました『困難事例に学ぶ!安全配慮義務を踏まえた事後措置の実践』では、安全配慮義務などの法的観点を踏まえつつ、実務に役立つ事後措置の実践についてご講義いただきました。ご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。
ウェビナー内でお答えしきれない回答について講師の菅野良介先生にご回答いただきましたので本記事にて紹介させていただきます。
目次
1.産業医・保健師の対応
2.受診勧奨・事後措置
3.企業の健康管理ルール
1 産業医・保健師の対応
質問 ①就業判定の基準のばらつきに対する保健師の働きかけ
製造業に勤務する保健師です。健康経営の絡みもあり健診事後措置にも注力するよう、指示されますが、事業所の産業医の力量に差があり、就業判定保留の基準値を定めている所もあれば、基本どんなに値が悪くても(HbA1cが14だったり、DM・高血圧の治療中でSAS疑いであっても面談なしで通常勤務かになり、社員が問題意識を持たないまま次に検診を受けるのは常態化しています。保健師として何か働きかけることはありますでしょうか。
■回答
働きかける対象を「産業医」と「事業者側」に分けて考えてみました。
産業医側(複数人体制を想定): 統括産業医がいらっしゃる場合はその先生に、いらっしゃらない場合は最も影響力の大きそうな先生に対し、保健師として心配な事例を具体的に挙げながら、現状について相談するのが良いと思います。
事業者側(複数事業所を前提): 事後措置対応が統一されていないことによるデメリット(例:安全配慮義務の履行が不十分な事業所が出てくる、異動時に対応のばらつきが人事側への不満につながる、など)を具体的に伝えたうえで、事業場側のニーズを確認する流れを取れば、その後の事業場における産業保健活動が進展するかと思いました。
いずれの場合も、ご質問者様がどの点に懸念を感じているのかを明確にしたうえで、それぞれに働きかけていただければと思います。
質問 ②産業医と主治医が同一の場合の対応
弊社の産業医は健診施設の医師で、その施設では内科診療も行っています。健診結果返却の際に自身の施設を受診するよう案内されているため、「主治医が産業医」という従業員が数多くいます。
コントロールがよければまだ良いのですが、糖尿病や血圧のコントロールが非常に悪い従業員が数名います。保健師が保健指導を行い、場合によっては専門医受診を勧めたりするのですが、「⚫︎⚫︎先生(産業医)が今の治療のままでよいと言っているからこのままでよい」と言われてしまい、対応に困っています。
産業医と主治医は一緒でない方がいいと考え、上記内容も含めて人事にも相談はしたのですが、健診を委託しているため、変更しづらいようです。こういった場合、ほかに保健師ができることはありますでしょうか。よろしくお願いいたします。
■回答
とても難しい課題ですが、この結果を放置することによる影響や会社リスクを具体的に挙げ、就業制限(類型3の健康管理目的で)の基準値作成について人事と相談してみると良いかもしれません。基準値作成のデメリットも併せて伝え、人事がどのように考えるかを判断してもらいます。もし基準を作成することになれば、産業医に丁寧に伝え、了承を得たうえで、「会社ルールとして決まった制限を緩和・解除するためにコントロールが必要だ」と産業医(≒主治医)に納得してもらうようにすると、対応が可能になるかもしれません。
もし産業医が拒否する場合、会社のニーズに合致していないことが明確になり、その結果として人事側で変更を真剣に検討することになるかもしれません。
質問 ③事後措置に人事が介入しない企業での対応状況
当社では受診勧奨等の事後措置に人事が介入することがほとんどないのですが、先生がご勤務されている企業ではどれくらい事後措置に人事が介入されておりますでしょうか?
■回答
規模によって人事が介入する企業・しない企業がありました。保健師などスタッフがある程度いる、社員数が少ないなどの場合は、面談調整からすべて産業保健スタッフがやっているというケースもあれば、対象社員が多いため人事や総務などの担当者が該当する社員を呼び出す、受診勧奨をするなどの介入をしてくださるケースもあります。
個人的には規模の大小にかかわらず、事後措置対応は人事や総務など産業保健スタッフ以外にも関わってもらった方が「産業医や保健師が勝手にやって社員が働きづらくなっている」などの変な誤解を生まずに良いと考えています。
質問 ④本人への直接受診勧奨と上司の関与
弊社では本人に直接受診勧奨を行っており、上司を全く絡めていません。全く受診しない従業員には上司からの勧奨も勧めた方がいい(会社のリスクマネジメントの視点からも)と思うのですが、そういう経験が今までなかったため、人事の反応がよくなく、まだ上司には何もできていません。今後どのように導入していけばよいか教えていただけると嬉しいです。
■回答
必要な対応が行われない(放置される)ことによる影響や会社リスクを具体的に挙げ、その改善に向けて会社として動くほうが良いということを、産業保健スタッフ側から丁寧に伝えることが重要です。
特に、類型1や2に該当する事例(例:業務が明らかに放置された疾患を悪化させる場合や、健康状態を放置することで作業中に自分や周囲に危害を及ぼす可能性がある場合)があれば、それを詳細に説明し、危機感を持ってもらうことが大切です。その上で、「本人に近い立場の人から言われる方が効果的かもしれません」といった形で人事に相談する流れを取るのが良いかと思います。
2 受診勧奨・事後措置
質問 ①健康に特化した対応を求められた場合の企業への説明
臨床現場で求められるような、健康に振り切った対応をご依頼されたときに、先生は、どのように人事ご担当者などの企業側の方へ、そのリスクをご説明されておりますか?角が立たないような、効果的なアプローチがありましたらご教示いただきたいです。
■回答
その依頼が企業側の本当のニーズである場合は、対応によるデメリットを資料などを用いて丁寧に説明し、確認を取ります。例えば、健康に特化した対応を取る場合の懸念事項として以下が挙げられます。
• 一定の健康状態の社員に対して残業時間の制限や交代勤務の禁止を実施することで、他の社員に業務負荷がかかる可能性がある。また、制限をかけても本人が医療機関を受診しなければ健康状態が改善せず、制限を解除できないという状況が続く可能性がある。
• 健康に特化した対応に産業保健スタッフの多くの工数が割かれた結果、その他の業務に十分な時間を割けなくなる可能性がある。
これらの懸念を丁寧に伝えたうえで、企業側(人事部など)の判断を再確認し、それでも対応を依頼される場合は、まずは実施してみる形になるかと思います。また、健康に特化した対応が最善ではないと産業保健スタッフの皆様が感じている場合は、資料内で工数の振り分けについて説明し、企業にとってどのような対応が最も貢献できるかを示すと良いでしょう。その結果、健康に特化した対応を避ける選択肢が取られる可能性もあります。
質問 ②受診拒否の社員への対応
HbA1C13でも、「西洋医学は信じない」とかたくなに受診しないハイリスクの社員さんがいます。癖が強すぎて、絶対受診拒否の社員さん、なんと説明すればよいでしょうか。
■回答
最終的に受診行動は本人に任されますので、無理に受診勧奨や説得はせず(放置することのリスクは丁寧にお伝えしつつ)、人事側にも放置することの会社リスクを説明しどの様に対応するか相談すると思います。その中で人事が心配して対応するならそれに任せ、放置でいいとなれば手の出しようはないかなと感じました。面談の具体的手法としては「動機づけ面接」が参考になると思いますのでお調べいただけますと幸いです。
質問 ③法定健診項目外の結果をもとに受診勧奨しない場合の安全配慮義務
法定健診項目外も産業医が確認をしています。法定健診項目外で要治療・要精検となり、受診勧奨したが受診せず、死亡した場合、結果を把握していた産業保健スタッフや会社は安全配慮義務を問われますか?
■回答
安全配慮義務の意味合いを考えると法定外項目を把握することで知りうる疾病が業務従事によって明らかに悪化し死亡したと考えられる場合などは問われる可能性はあるかと思います。ですので、法定外項目が何でその状況から推定される疾患(その重症度合い)によって、特定の業務従事で明らかに悪化したと言えるかは確認しておいても良いかも知れません。ですが、明確にそのような関係性が示されているものはあまり想像がつかないので受診勧奨などを丁寧に行っていれば、万が一のことがあっても安全配慮義務違反が認められることはないような気がします(長時間労働、その他作業環境などその他に問題がなければですが)。
質問 ④就業制限が疾病利得になっている社員への対応
就業制限をかけて、夜勤や残業が減ってラッキーみたいな人に有効な対応はありますでしょうか?
■回答
これは事前に会社側とどこまで連携を取るかを考える必要があると思います。個人的には、健康管理を目的とした就業制限が疾病利得のような効果を生む可能性があるため、積極的には実施しません。しかし、会社側と就業制限の基準やそれに伴うデメリットを共有し、会社側の対応方針や流れをあらかじめ決めることで、効果的な対策につながるかもしれません。
例えば、「この制限がかかったということは、産業医から必要な対応を求められているということですので、速やかに対応してください」といったメッセージを上司から伝える仕組みを設けることが考えられます。また、全く改善が見られない場合には、人事部からもアプローチしてもらうなど、関係者を徐々に増やしていくことも一案だと思います。
3 企業の健康管理ルール
質問 ①健診結果の数値に基づいた就業制限・禁止基準の設定
弊社(製造業)ではこれまで就業制限、就業禁止となるハイリスクな状態について、会社で決められた基準というのが設定されていませんでしたが、近年高血圧や糖尿病などで要治療と経年判定されていて何度も受診勧奨しても対応せず、結果として状態悪化して通常勤務が難しくなるケースが出てきております。こうしたことから、会社側から安全規則の中に健診結果数値でハイリスクの状態の場合は、就業制限ないし禁止となる場合がある旨を組み込みたいという意見が出ております。こういった場合、ハイリスクとなる基準の数値について参考になるものや実際そうした対応されている事例などもしご存知でしたら教えてもらいたいです。また先生の場合、企業からこのような意見が会社から出た場合、どのように対応されますでしょうか?
■回答
実際にハイリスクと評価するかどうかは、作業内容と疾患の組み合わせによって決まることが多いですが、一般的に参考とされる研究報告書があります。以下のリンクをご覧ください。
▶医師等による就業上の措置に関する意見のあり方等についての調査研究
一方で、これはあくまでコンセンサスに基づいたものであり、実際の判断は各産業保健スタッフによることが多いと思います。
参考書籍としては、以下の本が役立つかもしれません:
▶健康管理は従業員にまかせなさい: 労務管理によるメンタルヘルス対策の極意
個人的にそのような意見を受け取った場合、基準値作成のデメリットと、それにより想定される影響を具体的に説明しながら人事と一緒に検討する流れになるかと思います。例えば、「特定の基準値を設定した場合、該当する社員がどの程度いて、その中で制限を設けても実際には放置する社員が出る可能性がある」などを伝え、議論を進めることが重要だと考えます。
質問 ②リモート業務のない職場での復職希望と給与支払い
休業中の職員が主治医にリモート業務での復職を希望し主治医が「リモート業務での復職が可能」という診断書を出してきました。が、職場にはリモート業務がありません。この場合職場の事情で休暇となりますが給料満額を出し続けることになるのでしょうか。
■回答
詳細については、社労士や弁護士に相談するのが適切かと思いますが、職場事情での休暇というよりも、「会社として求める業務を遂行できる体調に至っていない≒復職可能な状態にない」ため、私傷病での休業が継続する形で問題ないように感じます。
この場合、産業医が職場からヒアリングした業務内容を踏まえ、リモート業務がないため復帰が困難であること、そして会社として求める業務に従事できるよう治療を進めていただきたい旨を記した文書を送付するのも一つの方法かもしれません。
質問 ③健診結果の個人同意なしでの取り扱い
健診結果(会社の定期健)個人同意なしに扱うことも可能、とのことは、会社側もそうは思っていないことが多いと思います。
情報の取り扱いについては注意事項の記載が目立つのですが、その点どこかに記載あるのでしょうか。
■回答
どこまで取り扱うことを想定されているのかにもよりますが、基本的には労働安全衛生法第66条の3で事業者は健康診断結果を記録すること、66条の6で結果を労働者に通知することが義務付けられている点や66条の5・66条の7で健診事後措置や保健指導を義務(努力義務)として定めている点が会社側が個人同意なしに結果を確認して必要な対応を実施することの根拠になるかと思います。
講師|菅野 良介 先生
産業医科大学産業生態科学研究所
作業関連疾患予防学非常勤助教
大学卒業後より産業医学を専門にするコースでキャリアをスタート。
専属産業医や嘱託産業医、産業医学研究を経験したのち、
現在は電気機器製造業の専属産業医として勤務している。
その他、産業医向けのセミナーや作業主任者講習の講師も行っている。
アドバンテッジの健康管理システム
アドバンテッジリスクマネジメントの健康管理システムは、就業判定の実施から面談調整・保健指導の記録作成まで健康診断の業務を幅広くサポートしています。
健康診断業務における効率化や、情報セキュリティーの観点からも、ぜひご検討ください!