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専門性を越えて企業と伴走するために―産業保健職のキャリア形成と企業内の価値向上

専門性を越えて企業と伴走するために―産業保健職のキャリア形成と企業内の価値向上―
産業保健の現場では、産業医・保健師・衛生管理者など多くの専門職が日々さまざまな課題に向き合っています。「どうすれば企業の健康課題を本質的に解決し、産業保健職としての価値を発揮できるのか?」——そんな悩みを抱えている方も少なくないのではないでしょうか。専門性を高めるだけでなく、その専門性を“越境”して活かすことで、キャリアの可能性はさらに広がります。

本記事では、2025年4月24日に開催されたウェビナー「産業保健職のキャリア形成と企業内の価値」の内容をもとに、15年以上にわたり多様なフィールドで企業支援に取り組んできた産業医・三宅先生が、専門職の枠を超えて組織課題にアプローチするための実践的ヒントをお届けします。

ウェビナー動画はこちら


三宅 琢 先生(産業医)

目次

1.SCV式企業攻略法とは?
2.産業保健職のモチベーション維持とチームワークの工夫
3.まとめ


1. SCV式企業攻略法とは?


「SCV式企業攻略法」とは、三宅先生が多くの企業支援を通じて独自に導き出した、産業保健職が組織と信頼関係を築き、健康課題の解決に向けた具体的な支援を行うための実践フレームワークです。

「Search(現状評価と優先順位付け)」「Customize(個別最適化)」「Visualize(可視化)」という3つの視点で企業を捉えることで、組織との対話を深め、活動の成果を継続的な改善へとつなげることができます。

それぞれのステップには、企業内で“動く”仕組みづくりのヒントが詰まっており、産業保健職が現場に根差した支援者として活躍するための道筋を示しています。

STEP1|SEARCH:ヒアリングと仲間意識で現場と“同じ景色”を見る

産業保健活動の第一歩は、「サーチ=現状把握」です。この段階で大切なのは、課題の“ヒアリング”です。その時に大切なのが、“仲間意識をいかにつくるか”というところにあります。ただ指導的な立場から関わるのではなく、現場と目線を合わせ、一緒に悩む。 “横並び”で向き合い、一緒に課題を整理していくことが、信頼関係の構築につながります。

ステージ分類の視点

企業の優先課題を把握する際には、「1. 法令遵守」「2. 健康経営」「3. 文化醸成」の三つのステージを意識することが重要です。まずは法令遵守が最優先で、これが守れなければ次に進めません。法令遵守ができたら健康経営のステップに進み、その後に企業独自の文化を反映した健康づくりに取り組むことができます。

インパクトの優先順位

また、優先順位をつける際には「ビジネスインパクト」を考慮することも重要です。休職者数や人件費、生産性の損失など、ビジネスへの影響を定量的に評価し、どこでインパクトが大きいかを明確にすることが求められます。人事や労務担当と協力し、数値(データ)に基づいた優先順位をつけることで、より効果的な支援はもちろん、仲間意識の醸成にも繋がります。

STEP2|CUSTOMIZE:現場に合わせて“最小限の変化”で最大効果を

次のステップは「カスタマイズ=個別最適化」です。重要なのは、現場から個別のニーズを学ぶこと、つまり企業ごとの課題をしっかり理解し、現場に合わせた対応を行うことです。これを実現するためには、学習型個別最適化が不可欠で、現場で実際に何が起こっているのかを正確に把握することが必要です。

新しいことへのチャレンジに役立つ~導入の心得~

企業は変化に対して慎重で、新しいシステムやプログラムに対して不安や抵抗感を抱きがちです。特に、業務の進行や社員の負担が増えることを懸念するため、導入に消極的になることがあります。そのため、導入を成功させるためには、以下の3つのポイントを意識することをお勧めします。

  • 変化の最小化(=動線上)
    新しい取り組みを企業や職場に導入する際には、大きな変化を強いるのではなく、できるだけ既存の業務フローや習慣の中に自然に溶け込ませることが重要です。これは「動線上に置く」イメージで、従業員の負担や心理的抵抗感を最小限に抑えることにつながります。変化が大きいとどうしても戸惑いや反発が起こりやすいため、小さなステップで段階的に取り組みを進めることが、スムーズな定着を促すポイントです。

  • 幸福の総和(=三方良し)
    産業保健の取り組みでは、単に従業員の健康だけを考えるのではなく、「人事部門」「従業員(現場)」「経営者」という三者すべてが満足できるバランスをとることが求められます。各立場には異なるニーズや価値観があり、それらを丁寧にすくい上げたうえで調整を図ることで、全員にとって納得感のある解決策を見出せます。この「三方良し」の考え方が、長期的な信頼関係の構築や取り組みの継続性に寄与します。

  • 並話(=同じ景色を見る)
    課題を共有するときは、単に情報を伝えるだけでなく、「みんなで同じ景色を見ている」という感覚を大切にします。例えば、課題を“スクリーン”に映し出すイメージで、各々の立場から問題点を横並びに確認し、共通理解を深めることが効果的です。人事、現場の従業員、経営者のそれぞれの視点や思いを尊重しながら、一緒に解決策を模索することで、異なる立場間の溝を埋め、抵抗感や不安を和らげることができます。

具体的な取り組み内容の紹介

【事例1】新入社員研修に産業医の時間を組み込む取り組み

ある企業では、新入社員研修に産業医の講義時間を必須で設けています。最初は短時間の導入から始め、企業との信頼関係が構築されるにつれて「先生の枠で90分お願いします」と言われるようになるなど、その重要性が社内でも認識されてきました。
成功のカギは「徹底した事前調査」。人事が感じている新入社員の健康課題や、過去にあった具体的な事例を丁寧にヒアリングし、それをもとに研修内容を設計します。さらに、対象者に対して事前アンケートを実施し、自覚している課題を把握。研修後には感想アンケートを行い、実施内容が個々にどう響いたかを可視化しています。

【事例2】自律的健康管理の研修〜リモートワーク時代の新たなニーズに対応~

コロナ禍以降、リモートワークを前提とした働き方が広がる中、「自律的健康管理」をテーマとした研修を実施しています。「自律」は“律する”、つまりセルフコントロールの意味で、働く人が自ら健康を守る意識と知識を持てるよう支援することを目的としています。
研修では“お土産”として「睡眠の質を測るアプリ」を紹介し、事前に2週間分のデータを取ってきてもらうなど、実体験と結びつける工夫も行っています。さらに、事前アンケートで関心の高かった分野に対して、ワンポイントアドバイスを行うことで、参加者の満足度向上にもつながっています。

【事例3】産業保健の“メディア化”で相談しやすい関係性づくり

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講師|三宅 琢 先生

LINEヤフー株式会社 産業保健チーフアドバイザー
産業医アドバンスト研修会 講師
株式会社Studio Gift Hands 代表取締役 
公益社団法人NEXT VISION 副理事長
医師・労働衛生コンサルタント・産業保健法務主任者

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