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裁判例に学ぶ復職支援のトラブル回避術

裁判例に学ぶ復職支援のトラブル回避術
近年、職場のメンタルヘルス不調や長期休職事例が増加する中で、復職の可否判断においては、医学的な視点だけでなく、労務的観点、法務的観点なども求められるようになっています。
本記事では、2025年6月26日に実施した、産業医の佐々木規夫先生によるウェビナー「裁判事例に学ぶ復職支援のトラブル回避術」の内容をもとに、復職支援の現場で役立つ実務知識や、裁判事例に学ぶポイントを詳しく紹介します。



佐々木規夫先生
1.産業保健職になぜ裁判事例の知識が必要なのか
2.休職・復職の整理
3.復職事例から具体を考える
4.職場復帰に役立つエビデンス
5.産業医や産業保健職にもとめられる不可欠な機能
6.最後に

1. 産業保健職になぜ裁判事例の知識が必要なのか


産業保健職は法律の専門家ではありませんが、裁判例を学ぶことには3つの大きな意義があります。

裁判事例を学ぶ3つの意義

1. 自分の判断を説明できる「リスク管理」の視点

産業保健の現場では、ときに企業から、対応が難しいと感じるような要望を受けることがあります。そうした場面で重要になるのが、その要望に対して、なぜ応じられないのかを合理的に説明する力です。
このとき、裁判事例を根拠に示すことで、対応の妥当性に説得力を持たせることができます。実際にトラブルとなったケースを示すことで、企業にもリスクを具体的に伝えることができます。
こうした説明ができることは、自分を守ることにもつながり、産業保健におけるリスク管理としても重要な姿勢です。

2. トラブルを未然に防ぐ「紛争予防」の視点

私たち産業保健職が適切に機能することで、紛争を未然に防ぐことができるという点も重要です。
たとえば、「この段階で産業保健が介入していれば、ここまで問題がこじれなかったのではないか」と思われるような事例もあります。そうした場面からもわかるように、産業保健職の関与は、トラブルの深刻化を防ぐ上で大きな役割を果たす可能性があります。

3. 企業への「説得力」が変わる

裁判例は企業に対しても強いインパクトを持つことがあります。
「この事例は過去の判例と似ている」と、判例を根拠に企業に伝えることで、企業の態度や判断が変わり、より慎重な対応を促すことが少なくありません。
こうした意味で、裁判例は自分自身だけでなく、企業や労働者を守るための実践的な知識と言えます。


2. 休職・復職の整理


復職後の再休職の時間経過

復職支援の難しさは、再休職の多さにも表れています。遠藤先生によるある企業の調査データ¹)では、復職直後から再休職率が意外に高いことが示されています。復職後1年で28.3%、2年で37.7%、3年で42.0%、5年では47.1%と、時間が経つにつれて再休職率が上昇しています。
これは、復職が一度決まったことで終わるものではなく、本人と会社の双方にとって良い結果を得るためには、復職後の経過を丁寧に見守り、継続的な支援を行う必要があることを示しています。
また、佐渡先生の研究²)では、休職回数が3回以上になると再休職のリスクは2回以下と比較し5倍になるとされています。つまり、休職を繰り返すことは、再休職のリスクが高いといえます。

復職支援で起こりがちなトラブル

産業保健の現場でよく見られるトラブルのケースは、ほとんどの場合、休職時・復職時にあります。とくに多いのは、「本人は復職したい」と希望しているのに、会社側が「戻れない」「このままでは戻らせたくない」と考えているケースです。このように意見が食い違う場合、問題となることがあります。
復職に関するトラブルの背景には、以下の3つの要因がよく見られます。

1.休職の制度が不十分

会社によっては、復職後すぐに休職期間がリセットされる制度を採用している場合があります。たとえば、復職から0ヶ月でリセットされ、再び最長2年間休職できる制度です。このような制度では、「復職可能」と思われるケースであっても、「再び長期休職されるのでは」という不安から、受け入れに慎重になるケースがあります。特に、休職と復職を繰り返している方の場合、拒否的な反応が見られることがあります。また、復職後に勤怠が安定せず、欠勤を繰り返す場合も対応に困ることがあります。制度が整っていない企業では欠勤から再休職に入る基準が曖昧で、一週間の欠勤後に一日だけ出勤すると、欠勤日数のカウントがリセットされてしまい、再休職の判断が遅れるといった課題も見られます。

2.産業医・人事・職場の役割が不明確

特に問題になるのが、労務問題が健康問題にすり替えられて産業保健職に回ってくるケースです。たとえば、体調が悪くて仕事ができないのは健康問題ですが、体調は問題ないのに仕事ができない場合は、本来は労務問題であるべきです。
ただし、特性などにより健康問題が関わってくる場合もあり、その切り分けが曖昧だと対応が難しくなります。労務問題は人事、健康問題は産業医、職場の指導は現場と、三者がそれぞれの役割を認識して対応することが重要です。

3.復職判断の材料不足

私たち産業医は「この方は働けますか?」という面談依頼を受けますが、初対面で30分程度お会いしただけで、今後数ヶ月〜数年の就労継続を判断するのは非常に難しいのが現実です。
稀に会社から主治医の判断を覆すよう依頼されることもありますが、そのためには十分な材料が必要です。しかし、主治医との連携が少なく、情報が乏しいケースが多く、判断するのは容易ではありません。こうした状況を踏まえ、復職判断を適切に行うためには、休職・復職に関わる制度や関係者間の連携体制を見直し、整理しておくことが重要だと考えています。

そもそも休職制度とは?

休職制度とは、労働者が病気やケガ(私傷病)などにより、一定期間労働義務を免除される制度です。労働契約は「労働の提供」と「賃金の支払い」で成立しますが、病気などで労務提供ができない状態は債務不履行となります。長期間続くと、使用者は契約を継続できず解雇の可能性があります。しかし一般企業では解雇回避の努力義務があり、解雇を免れるための制度として休職制度が設けられています。休職制度は法律で定められているわけではなく、期間や条件、給与などは会社の就業規則で異なります。基本的に休職は解雇猶予の制度で、期間内に病状が改善しなければ解雇となります。

そもそも復職可能とは?

復職判断の3つの条件

復職とは、休職の原因となった病気やけがなどが回復し、就労可能な状態に戻ったと認められることを指します。法律上は「休職事由の消滅」と表現されますが、ここでいう「事由」は医療的な治癒とは異なり、「通常通り働ける状態に回復したかどうか」が判断基準になります。
裁判例では、復職が可能とされる条件は次の三つに分類されます。

①休職前と同様の業務を通常程度に行える健康状態にまで回復している
②当初一定期間業務を軽減すれば、ほどなく従前の業務を通常の業務程度に行える健康状態にまで回復している
③職務や職種が限定されていない労働者について、能力、経験、地位、企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして、労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供が出来る状態にあり、かつ労働者がその提供を申し出ている

これらの基準を示した判例として有名なのが、最高裁平成10年判決の「片山組事件」です。

【判例紹介①】片山組事件に見る復職判断の基準

【判例紹介②】裁判例に学ぶ復職支援のトラブル回避術



講師|佐々木規夫先生

産業医科大学医学部医学科卒業。東京警察病院、産業医科大学での実務研修を経て、HOYA株式会社の専属産業医及び健康推進G統括マネジャーとして健康管理に従事。
現在は上場企業や主要官庁の産業医を兼務しながら、精神科医としても勤務している。
日本産業衛生学会 産業衛生専門医・指導医
社会医学系専門医・指導医
日本精神神経学会精神科専門医 / 精神保健指定医
労働衛生コンサルタント(保健衛生) / 医学博士 

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