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災害と産業保健~備えの重要性、産業保健スタッフに求められる役割について解説

災害という言葉を聞くと、地震や台風などの自然現象を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、実は、事業所内で発生する事故や火災なども含まれます。
この記事では、事業所や労働者が災害に被災したときの産業保健活動について、災害発生時の各段階における取り組み、災害時に影響を受けやすい労働者、災害時のメンタルヘルスケアについて解説します。

目次

1.災害とは
2.災害フェーズと産業保健
3.災害時に影響を受けやすい労働者
4.災害時のメンタルヘルスケア
5.まとめ


1.災害とは


我が国では「災害対策基本法」という法律で、災害が以下のように定義されており、国土や国民を災害から守り、社会を維持するために、国・都道府県・市町村・公共機関・国民に対する備えが進められています。
事業所においても、社会的責任や事業継続の観点から災害対策を行うことが求められています。

災害対策基本法における災害の定義:
暴風、竜巻、豪雨、豪雪、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、地震、津波、噴火、地滑りその他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害



2.災害フェーズと産業保健


災害が起きたときにしっかり対応するためには、日頃からの準備や訓練が欠かせません。災害が発生すると、その後の状況や必要な対応は時間経過とともに刻々と変わっていきます。「危機事象発生時の産業保健ニーズ〜産業保健スタッフ向け危機対応マニュアル」には、災害のフェーズごとに必要な産業保健活動が詳しく説明されています。

災害フェーズと産業保健のニーズ
出典:危機事象発生時の産業保健ニーズ〜産業保健スタッフ向け危機対応マニュアル〜Ver. 2.0をもとに作成

① 緊急対応期

災害が発生した直後は、現場が混乱し、情報が錯綜しています。この時期は、被災者の救助や火災の鎮火など、事態を落ち着かせて安全を確保することが最優先です。

【産業保健の動き】

  • 救急処置
  • 医療機関への搬送
  • トリアージ(治療や搬送の優先順位の決定)
  • 死亡者の収容

【ポイント】
まずは産業保健スタッフ自身とチームの安全を確保しましょう。また、事業所の災害発生時の指揮命令系統を把握した上で、その体制のもとで適切に対応に加わります。

② 初期対応期

現場の混乱がおさまり、安全が確保されたら、次のステップに移ります。このフェーズでは、被害状況の把握や、ライフラインの確保など事業所全体としての対応が求められます。

【産業保健の動き】

  • 被災者への対応
  • ハイリスク者の選定及び対応
  • トリアージ(治療や搬送の優先順位の決定)

【ポイント】
現場全体の被害状況をしっかりと把握し、外部や関係者との連絡や、労働者や事業所内への対応を行います。この時期は、災害発生時に特有のストレスも増えてくるので、対応にあたるスタッフや労働者のメンタルケアも重要です。

③ 復旧計画期

事故の原因を分析し、再発防止策を検討します。同時に、事業所の再稼働に向けた計画を立てていきます。

【産業保健の動き】

  • 不調者への治療・介入
  • メンタルヘルス不調の全体スクリーニング

【ポイント】
長時間の労働やさまざまなストレスが続くこの時期、急性ストレス障害(ASD)や心的外傷後ストレス障害(PTSD)のリスクが高まります。予防的な介入を行い、対応にあたるスタッフや労働者の健康を守りましょう。

④ 再稼働準備期

再稼働への見通しが立ち、実際に準備を行っていく段階です。

【産業保健の動き】

  • 労働者へのケアの継続
  • メンタルヘルス不調者のスクリーニング

【ポイント】
復旧作業が本格化し、過重労働や有害業務が増えていき、持続的なストレスを感じる労働者も出てきます。PTSD 症状を訴える労働者に対するメンタルヘルスケアのニーズも大きくなります。健康障害の予防や早期発見のために、情報提供やセルフケアの支援を行いましょう。

⑤ 再稼働期

被災した設備が再稼働し、通常の状態に戻っていくフェーズです。

【産業保健の動き】

  • 症状が続いている労働者へのケア

【ポイント】
今回の災害を踏まえた予防対策(ハザードマップの作成や危機管理体制の見直しなど)を進めます。多くの労働者は通常の業務に戻りますが、家族や自宅も被災している場合、働くことが困難となることもあります。個々の状況に応じた配慮を続け、適切な医療を受けられるようサポートを行います。


3.災害時に影響を受けやすい労働者


災害が起きると、避難や復興にともない、生活や働く環境が大きく変わります。これにより、働くことが難しくなる労働者が出てきます。特に、行動に制限がある方や、災害時に必要な情報にたどり着きにくい方が影響を受けやすくなります。

災害時に影響を受けやすい労働者の例

  • 病気や障害を抱える労働者
  • 高齢労働者
  • 女性労働者
  • 妊娠中・産後の労働者
  • 避難行動要援護者(身体障害者・要介護者など、避難に支援が必要な人々)
  • 外国人労働者

ハイリスクな労働者には、日ごろから産業保健スタッフが面談などを行い、個別のニーズに応じた配慮を確認しておくことが大切です。特に、外国人労働者については、言語の壁や文化の違いから情報が十分に伝わりにくい場合があります。生活面でのサポートも考慮しましょう。



4.災害時のメンタルヘルスケア


災害が起きると、発生直後から長期にわたって様々なストレスがかかります。ストレスの感じ方は人それぞれで、性格やその時の状況によっても異なります。また、災害後に孤立して相談できる相手がいないと、さらに影響も大きくなります。

災害後には、不安やイライラ、注意力の低下、不眠、頭痛、落ち込み、焦燥感、食欲不振など様々な心身の反応が出ます。大きなショックを受けると、出来事を受け止めようとする反面、現実を否定することもあります。また、起こった出来事が思い出せないこともあります。

これらの反応は、誰にでも起こりうる正常なもので、多くの場合は、時間の経過と共に回復していきます。しかし、回復せずに精神疾患を発症する人もいます。

災害後に発症しやすい精神疾患

  • PTSD、急性ストレス症状
  • 双極症 (双極性障害)
  • うつ病
  • 睡眠・覚醒障害
  • 遷延性悲観症 など

ストレス反応が強く表れて、生活に支障を来している人や、症状が長引いている人は、一人で抱え込まずに相談窓口を利用できるよう、サポート体制を整えましょう。心の専門家に早めに相談できる環境を作ることが必要です。

また、災害時には、支援者である産業保健スタッフ自身も多くのストレスを受けます。支援活動中に危険を感じたり、悲惨な状況や遺体を目撃したりすることで、PTSDを発症することもあります。被災者でありながら支援者としての役割を果たすのは大変なことですので、支援者も適切なケアを受けることが必要です。


5.まとめ


災害が起きたとき、産業保健スタッフは柔軟に対応し、予防的な介入を行うことで、労働者の安全と健康を守る役割を担っています。また、事業継続の観点からも、災害時の健康危機管理に貢献することが求められます。

また、災害発生時の健康管理に関するニーズは、事業所の規模や業種によっても異なります。産業保健スタッフとしての役割を果たすためには、平時の産業保健活動を通じて、総務部門や危機管理部門と連携し、「危機事象発生時の産業保健ニーズ〜産業保健スタッフ向け危機対応マニュアル」や「職場における災害時のこころのケアマニュアル」などの資料を参考に、災害に備えた体制づくりや訓練に参画しておくことが大切です。


■監修:難波 克行 産業医
■執筆:さんぽLAB 運営事務局 保健師
■参考資料
五十嵐千代(2023)必携 産業保健看護学-基礎から応用・実践まで-. 公益財団法人産業医学振興財団
岡庭豊(2024)こころの健康が見える第1版. 株式会社メディックメディア
立石清一郎. 危機事象発生時の産業保健ニーズ〜産業保健スタッフ向け危機対応マニュアル〜Ver. 2.0
内閣府|事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-
厚生労働省|心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)
労働者健康安全機構|職場における災害時のこころのケアマニュアル


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