化学物質による健康障害防止対策の基本~はじめて学ぶ化学物質と健康~
職場では多くの種類の化学物質が用いられていますが、その中には人体に有害なものも含まれています。過去には、水俣病やイタイイタイ病、アスベストによる肺がんなど、化学物質による重大な健康被害が生じた例もあります。現在もなお、化学物質による労働災害の発生件数は高止まりしており、重篤な災害も少なくありません。
こうした健康障害を防ぐためには、その危険性や有害性を適切に管理することが不可欠です。
2022年の労働安全衛生法の改正により、これまでの「法令遵守型」から各事業者が自ら化学物質のリスクアセスメントを行い管理を行う「自律的管理型」への転換が進められました。これにより、事業者や労働者は、化学物質のリスクを正しく理解し、主体的に対策を講じる必要があります。
本記事では、職場における化学物質による健康障害とその対策についての基本を学びます。
目次
1. 化学物質による労働災害と健康障害
1)化学物質の危険性と有害性
化学物質による労働災害を防ぐためには、化学物質の危険性と有害性をきちんと理解すること把握し、それに合わせた対策を講じることが重要です。この危険性、有害性を評価することをリスクアセスメントといいます。
■化学物質の危険性
爆発や火災など事故を引き起こす可能性のある物理化学的な性質のこと
例)
・可燃性
・自然発火性
・自己発熱性、金属腐食性
■化学物質の有害性
人体への健康被害や、環境への汚染などの原因となる性質のこと
例)
・急性毒性
短時間で人体に健康被害を起こす(例:シアン化合物、一酸化炭素、硫化水素など)
・眼損傷性・刺激性/皮膚腐食性・刺激性
人の皮膚や眼に異常を起こす(例:塩酸、硫酸、アンモニア、苛性ソーダなど)
・発がん性
ばく露によって、がんになる恐れがある(例:ベンゼン、1,2-ジクロロプロパン、六価クロムなど)
・感作性
吸入して気道過敏性や皮膚接触によってアレルギー反応を引き起こす(例:イソシアネート類、アミン類など)
上記のほかにも生殖毒性、生殖細胞変異原性などがあります。
2)化学物質の有害性による健康障害
化学物質による健康障害には、ばく露直後に現れる急性のものと、反復または長期間のばく露による慢性のものがあります。また、ばく露期間に関わらず、ばく露終了後の一定期間後に健康障害が発生する晩発性の影響もあります。これらの健康障害は、産業中毒や職業性中毒ともよばれています。
3)化学物質のリスクアセスメント
リスクアセスメントとは、化学物質の持つ危険性や有害性を特定し、それによる事故や災害、健康影響が起こる可能性や影響の大きさの程度を見積もり、リスクの低減対策を検討することをいいます。労働安全衛生法第57条の3でリスクアセスメントの実施が義務付けられている化学物質は、リスクアセスメント対象物質とよばれています。化学物質のリスクアセスメントは下記のような手順ですすめます。
■リスクアセスメント対象物
リスクアセスメント対象物とは、労働安全衛生法第57条の3で、企業にリスクアセスメントの実施が義務付けられている化学物質です。国が定めるGHS分類の結果、危険性や有害性が確認されたすべての物質を、リスクアセスメント対象物と指定することになっています。GHS分類(※1)とは、化学物質の危険性や有害性を世界的に統一した基準で分類し、わかりやすい絵文字で示す方法のことです。
リスクアセスメント対象物に指定される物質の数は年々増加しており、2022年の労働安全衛生法の改正前の674物質から、2026年には2300種類程度まで増える予定で、以降も順次追加されていく見込みです。現在はリスクアセスメント対象でない物質も、今後指定される可能性があるため注意が必要です。
リスクアセスメント対象物には、リスクアセスメントの実施に加え、ラベル表示(※2)やSDS(※3)の作成と交付が義務付けられています。
※1 GHS分類 化学品の分類および表示に関する世界調和システム(The Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)の略で、2003年7月に国連勧告として採択されたもののこと。化学物質の危険性や有害性を世界的に統一された一定の基準に従って分類し、絵表示等を用いてわかりやすく表示したもの。2年に1回更新される。 |
※2 ラベル表示 化学物質の危険性・有害性や、取扱い上の注意事項に関する情報等が示された物またはそれらの情報を示す行為のこと |
※3 SDS 安全データシート(Safety Data Sheet)の略。製品名や製品中含有成分の情報、化学物質の危険性・有害性に関する情報、安全上の予防措置、緊急時対応などの情報が記載されている資料のこと |
2. 化学物質による健康障害防止対策
化学物質は、その発生源から作業環境中に広がり、そこで作業をする労働者がばく露することで健康影響が発生します。ばく露には、経気道的、経口的、経皮的なルートがあります。取り込まれた化学物質は血流によって体内に分布し、主に肝臓等で代謝されて体内に分布しますが、なかには体内に長く蓄積されるものもあります。化学物質そのものが健康影響を引き起こす場合もあれば、その代謝物が健康障害を発生させる場合もあります。
化学物質による健康影響の発生を防止するためには、化学物質へのばく露を低減する必要があり、以下のような対策が取られます。
①リスクアセスメント
化学物質の危険性や有害性を評価し、作業環境や作業内容に応じて、労働者がばく露する量やその健康影響を見積もり、健康に問題が出ないような改善策を検討します。
②有害な化学物質の使用中止・代替化・取り扱い方法の変更
有害な化学物質を取り扱う作業そのものを中止したり、より有害性の低い、もしくは有害性のない他の物質に材料を変更したり、有害物が発生したり発散したりしないよう、取り扱い方法や作業工程を変更します。
③密閉化・局所排気装置
有害な化学物質が発散しても作業者がばく露しないよう、有害な化学物質が発生する箇所を封じ込める、あるいは、局所排気装置や全体換気を用いて有害物質の発散や拡散を防ぎます。
④ばく露低減措置
作業方法の改善や作業時間の短縮などで、化学物質の労働者へのばく露を低減します。
⑤労働者への教育
化学物質の取り扱いについて手順書やマニュアルを定め、化学物質の危険性や有害性、適切な取り扱い方法などについて、労働者に対する教育を行います。
⑥保護具の着用
①~⑤までの対策を実施しても十分にリスクが低減できないときは、適切な保護具を選定、着用することで、化学物質のばく露を低減します。
⑦作業環境、ばく露状況の確認
作業環境測定や個人ばく露測定などを定期的に行って、作業環境や曝露状況に問題が生じていないかを確認します。
⑧健康障害の早期発見
特殊健康診断を行い、健康障害を早期に発見します。必要に応じて作業内容の変更や、配置転換などを行います。
3. 管理体制の整備
事業場が自律的な化学物質管理に取り組むために、安衛法の改正により、新たに化学物質管理者と保護具着用管理責任者の選任が義務付けられました。
■化学物質管理者
化学物質管理者とは、事業場における化学物質の管理に関連する専門的なことを管理する担当者です。リスクアセスメント対象物質を製造、取扱い、譲渡、提供するすべての事業場で、化学物質管理者の選任が義務付けられています。化学物質管理者の選任は、作業場所ごとではなく事業場ごとに行い、必要な場合には複数名の選任も可能です。
化学物質管理者の選任要件は、「化学物質管理者の業務を担当するために必要な能力を有するもの」であり、基本的に事業者の裁量で決定します。ただし、リスクアセスメント対象物を製造する事業者か、それ以外の取り扱いなのか、状況によって選任の資格要件が異なる場合があります。
化学物質管理者は、化学物質に関するリスクの把握と安全管理、健康管理を徹底し、事業場全体の安全を支える役割を果たします。健康管理については、衛生管理者や産業保健スタッフとの連携も重要です。
<化学物質管理者の職務>
・ラベル表示やSDS等の確認
・化学物質に関するリスクアセスメントの実施管理
・リスクアセスメント結果に基づくばく露防止措置の選択、実施の管理
・化学物質の自律的な管理に関する各種記録の作成・保存
・化学物質の自律的な管理に関する労働者への周知・教育
・ラベル・SDSの作成(リスクアセスメント対象物質の製造事業場の場合)
・リスクアセスメント対象物質による労働災害が発生した場合の対応
■保護具着用責任者
化学物質管理者を選任した事業者において、リスクアセスメントの結果に基づき、労働者に保護具を着用させるときは、保護具着用管理責任者を選任することが義務付けられました。保護具着用管理責任者は、保護具に関する十分な知識及び経験を有すると認められる者のうちから選任することが定められており、選任する人数は事業場の状況に応じて調整できます。
保護具着用管理責任者は、有効な保護具の選択、労働者の使用状況の管理、その他保護具の保守管理にかかわる業務を通じて、労働者の安全と健康の確保を支援する重要な役割を担っています。
4. まとめ
化学物質による健康障害の防止は、労働者の安全と健康を守るうえで非常に重要です。特に、「法令遵守型」から「自律的な管理」への移行に伴い、事業場や労働者が主体的にリスク管理に取り組むことが求められています。今後もリスクアセスメント対象物は増加が予想されており、事業場で使用されている化学物質のリストを定期的に更新し、SDSで危険性や有害性を随時確認することが重要です。産業保健スタッフとしては、法改正の背景を理解し、衛生管理者や化学物質管理者と協力して、事業場の実情に即した具体的な取り組みを進めていくことが求められています。
■執筆:さんぽLAB 運営事務局 保健師
■参考資料
1) 独立行政法人労働者安全機構 労働安全衛生総合研究所|職場の化学物質管理総合サイト ケミサポ
2) 厚生労働省|まんがでわかる化学物質取扱の基本
3) 厚生労働省|リスクアセスメント対象物健康診断に関するガイドラインの概要について
4) 独立行政法人労働者健康安全機構 労災疾病等医学研究普及サイト|産業中毒
5) 厚生労働省|日本化学企業のリスクアセスメントの現状
6) 厚生労働科学研究成果データベース|化学物質による健康障害防止対策の現状と課題
7) 森晃爾(2024)改訂22版 産業保健ハンドブック. 労働調査会
8) 岡庭 豊(2019)職場の健康が見える 産業保健の基礎と健康経営.医療情報科学研究所