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中小企業での安全対策を強化するための実践ガイド

中小企業における労働災害の発生率は、大企業と比べて著しく高い傾向にあります。特に、小規模事業所では安全管理のノウハウ不足やリソースの制約により、労働災害のリスクが増大しやすい状況にあります。本記事では、中小企業の労働災害の特徴を解説するとともに、限られたリソースで実践できる安全対策の強化方法について紹介します。また、衛生管理者が優先的に取り組むべきポイントや、活用できる補助金・支援策についても詳しく解説します。労働災害のリスクを軽減し、安全な職場環境を実現するための具体策を、ぜひご確認ください。


<目次>

1.中小企業における労働災害の特徴
2.限られたリソースで安全対策を強化する方法
3.衛生管理者が取るべき優先順位と工夫
4.中小企業向けに活用できる補助金や支援策
5.成功例から学ぶ実践的なヒント


1.中小企業における労働災害の特徴

事業所規模別に見た令和5年の労働災害状況によると、災害発生の頻度を表す「度数率」、災害の重さの程度を表す「強度率」ともに、労働者数1000人以上の大企業に比べ、小規模事業所になればなるほど高くなる傾向にあります。特に、度数率については大企業に比べて約4倍という数値の報告もあり、労働災害が起こりやすいことがわかります。その原因として、以下の問題点が考えられます。

  • 人材面・収益面などに余裕がなく、安全活動の推進力が弱い
  • 経営者には経営リスクの視点から安全意識があるが、経営幹部は業務優先の意識が強い
  • 企業の専門領域に対する知識・スキルは高いが、安全管理のノウハウは低い

このような理由から、リスクアセスメントの導入においても中小規模の事業場については普及の遅れが指摘され続けています。その結果、安全対策の不足や労働者の安全意識の低さ、労働災害後の対応の遅れなどが生じ、中小企業は労働災害の発生頻度が高く、また重篤になりやすい状況にあると言えます。

労働災害予防について基本的なことから知りたい方はまずはこちらをチェック👇
衛生管理者必見!労働災害予防のために実施すべき基本対策


2.限られたリソースで安全対策を強化する方法

中小企業においては、労働安全対策を経営戦略の一部として位置づけ、経営資源を効果的に活用することが鍵となります。

■安全投資のROIを意識し、安全と生産性のバランスを取る

安全対策に対する投資が事故の減少や労働災害によるコスト削減(医療費、損害賠償、欠勤など)にどれだけ寄与するかを算出し、投資の効果を見える化することで、安全性向上が長期的なコスト削減につながることを経営層が共通意識として持つようにします。

■経営目標と安全目標を統合し、経営戦略に安全を組み込む

安全は企業価値を高めるための重要な要素です。安全を企業の成長と発展の一環として位置づけ、例えば「年間の労働災害件数を10%減らす」といった具体的な安全目標を経営目標の中に設定し経営戦略に盛り込みます。

■安全担当者を育成し、人的リソースを最適化する

安全対策のために特定の担当者を配置できる場合は、その役割を経営戦略の一部として位置づけ、経営者から直接的な支援を受けて、現場での安全管理や改善提案を行います。担当者が現場と経営を橋渡しし、双方の視点を反映させることが効果的です。

■段階的な予算配分、助成金や補助金を活用により予算管理と資源配分を最適化

安全対策は一度きりの投資ではなく、継続的に予算を確保していく必要があります。始めは最低限の資源を投入し、効果が見られた場合に段階的に追加投資を行います。また、外部の助成金や補助金を活用すれば、企業の負担を軽減しながら安全対策を強化することが可能です。

■経営層がリーダーシップを取り、安全文化の定着と従業員の意識改革を図る

経営者自らが安全を重要視し、率先して安全対策に取り組む姿勢を示すことが大切です。例えば経営層が定期的に安全会議に参加し、従業員と直接対話することで、実効性のある安全対策を推進できます。また、安全な作業環境を維持した従業員やチームに対して報奨を与えるインセンティブ制度の導入なども、従業員の積極的な安全意識を促進するための工夫の1つです。


3.衛生管理者が取るべき優先順位と工夫

経営管理と一体的に取り組みながら、限られたリソースで効果的に労働安全対策を強化するために、まずは以下の3つのポイントを実施することが効果的です。

①リスクアセスメントと優先順位の明確化

中規模、小規模事業所におけるリスクアセスメントは普及の遅れが指摘され続けているため、衛生管理者がまず最初に行うべきことはリスクアセスメントです。現場の作業環境を確認し、最もリスクの高い作業やエリアを特定することを優先的に行います。例えば、高所作業や重機を使う作業、化学物質を扱う作業など、事故の発生頻度が高い場所や作業を優先的に対策する必要があります。従業員の協力を得て簡易なリスクアセスメント(例:チェックリストやヒアリング)を実施すれば、時間やコストをかけずにリスクを見える化し、早急に対応が必要な場所や作業を特定することができます。

②安全教育と従業員意識の向上

現場監督者と協力して従業員への基本的な安全教育を優先的に実施し、定期的に反復訓練を行います。事故を防ぐためには、全員が基本的な安全知識を持ち、常に意識して作業することが不可欠です。例えば少人数グループでの対話型教育を実施すれば、大人数で一度に行うのに比べて従業員一人一人の疑問点を解消し、実践的な理解を促進することが期待できます。また、現場で直面している具体的なリスクに基づいた教育内容を提供することで、即戦力となる知識を提供することも可能です。

③安全設備と作業環境の改善

同様に現場監督者と協力しながら、自社の資金状況に応じてまずは簡易的にできる改善を実施します。最低限の安全装備(例えば、ヘルメット、手袋、安全靴など)の整備を優先的に実施し、照明や通気、作業スペースの整理整頓などの改善を早急に進め、作業環境の安全性を確保します。作業場の動線を整理して転倒リスクを減らす、危険物が触れる場所に警告ラベルを貼るなど、少ないコストで効果的な改善が期待できることはたくさんあります。また、従業員が自ら作業環境の改善に取り組むような仕組み(改善提案制度やチーム活動)を導入することも有効です。


4.中小企業向けに活用できる補助金や支援策

■中小規模事業場安全衛生サポート事業

中央労働災害防止協会が実施している支援策で、個別の作業場を支援する個別支援と商工会や工業団地などの集団を支援する集団支援の2種類があります。費用は無料で、個別支援では、安全衛生専門家が職場を訪れ、職場の状態や作業の問題点を明らかにしアドバイス等を行ってくれるほか、集団支援では、工場、店舗、社会福祉施設などの代表たちが集まる機会を利用し、安全衛生に関する研修会や講演を実施してくれます。

■中小企業診断士と労働安全衛生コンサルタントの活用

第14次労働災害防止計画での提言を背景とし、事業者の経営戦略の観点からも労働安全対策の重要性が増してきていること、先述したように中小企業においては安全対策を経営戦略の一部として位置づけ、経営資源を効果的に活用することが安全対策の鍵となることから、中小企業診断士と労働安全衛生コンサルタントの協業が近年推進されてきています。それぞれのプロのアドバイスを活用することで、より効果的な労働安全対策を講じていくことが可能です。

■高度安全機械等導入支援補助金

建設業労働災害防止協会が実施している補助金制度で、車両系建設機械などに取り付ける、高度な安全性能を有する特定の安全装置を購入する中小企業事業者等に対し、補助金を交付します。今後の実施については、建設業労働災害防止協会のページなどで発表される内容を参照してください。

■エイジフレンドリー補助金

高年齢労働者の労働災害対策、労働者の転倒や腰痛を防止するための専門家による運動指導など労働者の健康保持増進のために活用できる補助金です。申請方法など詳細については、今後厚生労働省のページなどで発表される内容を参照してください。

■受動喫煙防止対策助成金

労働者の健康を保護する観点から、事業場のおける受動喫煙を防止するための効果的な措置(喫煙専用室の設置・改修など)を講じた中小企業事業主に対して助成されるものです。令和7年度の実施については、今後厚生労働省のページなどで発表される内容を参照してください。

■ものづくり補助金

中小企業・小規模事業者等の生産性向上や持続的な賃上げに向けた新製品・新サービスの開発に必要な設備投資等を支援してくれる補助金制度です。生産性向上は労働者の負荷や危険の軽減につながることも多く、労働災害対策へも活用することが可能です。令和7年2月現在では19次締め切り分の公募を受付中です。詳細は、中小企業庁のホームページまたはものづくり補助金総合サイトを参照ください。


5.成功例から学ぶ実践的なヒント

ものづくり補助金総合サイトでは、補助金を活用した成果事例を検索することが可能です。例えば、令和元年度の事例として、「新型プレスブレーキ導入による生産性向上及び大型農業機械製造事業」が紹介されています。この事例では、板金加工部品「曲げ加工」のボトルネック化を、ものづくり補助金を活用して新型のプレスブレーキを導入することで解消し、生産性を向上させるだけでなく、作業者の負担も軽減されたことが紹介されています。

このように中小企業の労働安全対策は、経営層が安全に投資することの価値を経営戦略の一部として実感し、限られたリソースや支援制度を上手く活用して労働者と一体となって進めることが重要であると言えます。

労働災害発生時の対応について詳しく知りたい方はこちら👇
労働災害発生時に衛生管理者がすべき対応とは?

■参考

1)労働災害動向調査 令和5年_労働災害動向調査結果の概況|政府統計の総合窓口
2)中小規模事業場安全衛生サポート事業|中央労働災害防止協会
3)中小規模事業場安全衛生サポート事業をご活用ください!|中央労働災害防止協会
4)高度安全機械等導入支援補助金事業のご案内|建設業労働災害防止協会(建災防)
5)「令和6年度エイジフレンドリー補助金」のご案内|厚生労働省
6)「受動喫煙防止対策助成金」のご案内|厚生労働省
7)ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金の第19回公募要領を公開しました|中小企業庁
8)成果事例検索結果|全国中小企業団体中央会
9)新型プレスブレーキ導入による生産精工所および大型農業機械製造事業||全国中小企業団体中央会


■執筆/監修


<執筆> 衛生管理者・看護師

<監修> 難波 克行 先生(産業医、労働衛生コンサルタント)

アドバンテッジリスクマネジメント 健康経営事業本部顧問
アズビル株式会社 統括産業医

メンタルヘルスおよび休復職分野で多くの著書や専門誌への執筆。YouTubeチャンネルで産業保健に関わる動画を配信。

代表書籍
『職場のメンタルヘルス入門』
『職場のメンタルヘルス不調:困難事例への対応力がぐんぐん上がるSOAP記録術』
『産業保健スタッフのための実践! 「誰でもリーダーシップ」』

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