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転倒・転落事故を防ぐための環境整備と安全対策

転倒・転落事故は、労働災害の中でも発生件数が多く、特に建設業や製造業、運輸業などで深刻な問題となっています。令和5年度の労働災害発生状況によると、転倒による死傷者数は36,058件、墜落・転落による死亡者数は204件にのぼり、安全対策が急務です。本記事では、転倒・転落事故の原因と具体的な防止策について解説し、職場での安全対策に役立つ情報を提供します。安全な作業環境を整えるために、ぜひ参考にしてください。


<目次>

1.転倒・転落事故の現状とリスクの高い環境
2.原因分析:転倒・転落事故はなぜ起こる?
3.具体的な対策と事例
4.まとめ:衛生管理者が取り組むべき安全対策


1.転倒・転落事故の現状とリスクの高い環境

令和5年度の労働災害発生状況の概要によると、死亡者数では墜落・転落が最も多く、204件(前年比-12.8%)、死傷者数では転倒が最も多く、36058件(前年比+2.2%)となっており、労働災害の事故の型として、転倒・転落は非常に多い状況となっています。

特に、転倒による労働災害は、建設業、製造業、運輸業などで多く発生しており、これらの業種では屋外や高所での作業、重機の操作、荷物の運搬など転倒のリスクが高い作業が多いことが理由としてあげられます。

また、転落による労働災害は、主に建設業で多く発生しており、高所作業が多いこと、足場や作業環境が不安定なこと、高所での作業中に安全対策が徹底されにくいことなどが理由としてあげられます。


2.原因分析:転倒・転落事故はなぜ起こる?

<転倒>

転倒災害は大きく「滑り」「つまづき」「踏み外し」の3種類に分けられます。「滑り」の原因として、床面の汚れ・凍結・積雪、床面の油の付着などがあり、「つまづき」の原因として床面の凹凸や床面の工具・用具、床面の資材・製品等、照明がなく暗かったなどがあり、「踏み外し」の原因として床面・階段踏み面の濡れ、床面・階段踏み面の凹凸、階段の蹴上の高さ不揃いなどがあります。

また、作業方法・行動の主な原因としては「作業を急いでいた、走っていた」「履物が滑りやすかった」「作業中によそ見をしていた」などがあり、作業管理の主な原因としては「転倒防止の注意喚起を行っていなかった」「安全作業のルールを定めていなかった」などがあります。

<転落>

墜落・転落事故については、それぞれ墜落が「何にも接触することなく落下すること」、転落が「特定の物体に接触しながら落下すること」という違いがあります。例えば墜落は、「建設現場で足場を踏み外して直接落下した」ということを指します。転落は「斜面や階段から落ちた」「はしごの昇降時に足を滑らせて落ちた」「階段から足を踏み外して落ちた」といったことを指します。

墜落・転落事故が発生する恐れのある具体的な場所としては、屋根、梁、屋上、足場、はしご等(脚立・作業台)、開口部、トラック荷台・機械運転席があります。原因としては、墜落・転落防止設備がないこと、安全帯を未着用・不使用、安全教育不足、作業方法・手順の誤り、連絡調整不足などがあり、いずれの労働災害も現場で働く人の不注意によって引き起こされることが多いのが通例です。

特に脚立やはしごなどはごく身近な用具のため、転落事故の危険性をそれほど感じずに使用されているケースが多いようです。しかし、過去には骨折などの重篤な災害が多数発生しており、負傷箇所によっては死亡に至る災害も少なくないと言われています。例えば脚立による災害事例として、「天板に乗っての作業」「脚立から身を乗り出しての作業」「固定金具の未使用/金具の破損により使用中に脚立が開いてしまった」「段差部に設置したり、脚部が破損したものを使用したために滑ったりガタついたりした」「降りる際の踏み外し」などがあります。また、はしごによる災害事例として、「はしごを固定しておらず滑ってしまった/横転してしまった」「身を乗り出して無理な作業姿勢で転落した」「降りる際に踏み外した」「傾斜のある屋根などで固定せずに使用するなど、不適切な使用」「はしごに乗り移る際に転落」などがあります。


3.具体的な対策と事例

<転倒防止のための具体的な対策>

■つまづきが原因の転倒災害による原因と具体的な対策

「何もないところでつまずいて転倒」「足がもつれて転倒」といった労働者自身の身体能力の問題によって転倒災害が起きるのを防ぐためには、転倒やケガをしにくい身体作りのための運動プログラムなどの導入が効果的です。特に高年齢労働者の場合、身体的能力や認知機能が低下していることにより転倒リスクが高まるため、このような指導はより効果的です。

例えば、厚生労働省が提唱している、「毎日3分でできる 転びにくい体を作る職場エクササイズ」という動画があります。朝礼時やお昼休みの後などに取り入れるのもいいですね。また、中央労働災害防止協会では、ラインの管理監督者や安全衛生担当者を対象に「転倒災害防止のための身体機能向上セミナー」を実施しています。そこでの学びを職場で展開し実践するのもよいでしょう。

「作業場・通路に放置された物につまずいて転倒」「作用場や通路以外の障害物につまずいて転倒」「作業場や通路の設備、什器、家具に足を引っかけて転倒」「作業場や通路のコード等につまずいて転倒」など作業環境によって起こる転倒災害を防ぐためには、バックヤード等も含め、作業場や通路に物が散乱したり、工具や部品、配線などが床に放置されないように整理整頓を行うことはもちろん、適切な広さの通路の確保、「段差あり」など注意喚起の標識を設置するなどの作業環境の整備が必要です。

またその場限りでなく、整備された環境を継続するための労働者への教育も重要です。

高年齢労働者の転倒予防についてもっと詳しく知りたい方はこちら👇
高年齢労働者の安全を守る~転倒災害のリスクと予防策

■滑りが原因の転倒災害による原因と具体的な対策

「通路が凍結していた」「作業場や通路に水、洗剤、油などがこぼれていた」「通路が雨で濡れていた」など、天候状況や作業環境によるものがほとんどです。設備面からの対策としては、融雪マットなどの設置や防滑床材、防滑グレーチング等防滑処置の対策を行うことが挙げられます。装備面からの対策としては労働者に滑りにくい履物をきちんと着用させること、ルール面からの対策としては、清掃中エリアは立ち入り禁止にする、乾いた状態を確認してから該当エリアを解放するといったことが実践できます。

特に、滑りにくい履物=転倒予防に適切な靴を選ぶことは上述した「滑り」そして「踏み外し」が原因で起こる転倒災害が起こるリスクも下げることができると言われています。サイズや屈曲性、重量バランス、つま先部の高さ、靴底の減り具合などのチェックが推奨されています。こちらの資料も参考にしてみてください。

【転倒防止対策の事例】

厚生労働省では転倒災害防止対策事例集を公開しています。

例:食料品製造業の事例

事業場開設当初は終業時のみ洗浄による清掃を行っていたが、品目数が増えたことで操業時間帯の途中にも洗浄清掃が生じるようになり、洗浄に従事する労働者だけでなく製造作業に従事する労働者にも転倒災害が生じたことで転倒防止対策を強化した。

対策:

①作業靴の徹底:工場内の従業員は全員滑りにくい安全靴を着用し、清掃時の長靴も滑りにくいものを着用する
②床材:床の補修時に滑りにくいものを選択
③作業架台:通行頻度や清掃頻度が高いところに滑り止めとして、キー材を溶接したり滑り止めシートを貼り付けしたりといった対策を実施
④注意喚起:清掃は工程ごとにタイミングがずれるため、立て看板で「清掃中」の旨を表示

<転落事故を防ぐための具体的な対策>

■はしご・脚立による転落事故を防ぐための具体的な対策

厚生労働省の資料では、そもそも「はしごや脚立の使用を避けられないですか?」という提言がなされています。例えばローリングタワー(移動式足場)、可搬式作業台、手すり付き脚立、高所作業者などへの変更を検討することが勧められており、十分に検討しても他の対策が取れない場合に限って、はしごや脚立に使用を安全に行うように推奨されています。詳しくはこちらの資料をご参照ください。また、使用する際の作業前点検リストとして、「はしごを使う前に/脚立を使う前に」というチェックリストも配布されています。

使用する場合は、労働者に向けた安全対策として、保護帽(ヘルメット)の正しい着用を指導することも大切です。ヘルメットには「飛来・落下物用」「墜落時保護用」の2種類があり、「墜落時保護用」には衝撃吸収ライナーが装備されています。そのためはしご・脚立の使用時には①必ず「墜落時保護用」を着用すること②傾けずに被ること③あごひもをしっかりと確実にしめること④破損したものは使わないこと⑤耐用年数を守ることの5つが正しい着用のポイントとなります。労働者への適切なヘルメットの着用に関する指導は主に安全管理者が担います。衛生管理者は、労働者の健康を管理する立場として、高所作業が健康に与える影響を考慮し、ヘルメット着用の重要性について安全管理者をサポートするような形で指導に関わるのが良いでしょう。

【転落事故の事例】

職場のあんぜんサイトで公開されている事例を紹介します。

例:屋根工事業の事例

太陽光パネルの設置工事に伴い屋根瓦の撤去作業中、被災者がはしごを高さ2メートルほど登り、屋根上で作業を行っていた同僚に声をかけた後、地面に降りる途中ではしごから転落。被災者は左側頭部を強打し、その後急性硬膜下血腫で死亡した。原因として、①被災者の右手の中指が欠損しており、はしごの握りが不安定であった②はしごに転位を防止する措置がなされておらず不安定であった③保護帽のあごひもが劣化していた、の3点が挙げられる。

対策:

①高所作業がある場合には、専用昇降階段の設置を検討し、困難であれば作業床のある踏台・作業台を使用する
②はしごに転位を防止する措置を講じる。また、はしごについて点検を行い、著しい破損を認めた場合は使用しない
③転落による危害を防止するため保護帽を着用させ、保護帽については定期的に点検を行う
④作業手順書などを整備し、安全性に問題がないか検討する

また、転倒・転落の双方の事故予防に共通していることとして、産業医や衛生管理者の職場巡視・点検やリスク評価、ヒヤリハット活動の推進、危険予知トレーニング、リスクアセスメントなども対策として効果的です。上述したポイントに沿って実施することが推奨されます。

危険予知トレーニング(KYT)の具体的な進め方の例はこちら👇
KYT(危険予知訓練)とは


4.まとめ:衛生管理者が取り組むべき安全対策

これまでに述べた転倒防止、転落事故を防ぐための安全対策において、衛生管理者は労働者の健康状態の管理や作業環境の衛生面に焦点を当てて、健康的な作業環境の維持と転倒・転落リスクの低減に取り組むべきです。

例えば、特に転倒や転落のリスクを高めるような視力低下、筋力不足、身体の柔軟性不足などの健康問題がないかを労働者の健康チェックを行い、過労やストレスが原因で転倒・転落リスクが高まることがないよう、適切な休息・労働時間管理を行うと言った健康管理プログラムを実施することで労働者の健康状態の把握と管理に努めます。また、同じく健康管理の観点で、労働者へ転倒・転落事故を防ぐための基本的な健康維持方法や作業環境での注意点などの安全衛生教育を行ったり、メンタルヘルスが向上するようストレス管理を行うといった労働者への教育と啓発も行うと良いでしょう。

作業環境の衛生管理という観点では、清掃や整理整頓を行い、障害物がない作業環境を確保するサポートを行ったり、床面が湿気で滑りやすくなったり、不衛生になることがないよう、換気や温湿度の管理を行うと良いでしょう。

4S活動に関する衛生講話資料はこちら👇
4S活動とは。目的と効果について解説【産業医/衛生管理者の職場巡視チェックリスト付き】

■参考

1)令和5年労働災害発生状況の分析等|厚生労働省
2)【小売業】毎日3分でできる 転びにくい体をつくる職場エクササイズ|MHLanzenvideo
3)転倒災害防止のための身体機能向上セミナー|中央労働災害防止協会
4)転倒による労働災害が増加しています!|武生労働基準監督署
5)転倒災害防止対策 事例集|佐賀労働局健康安全課
6)はしごや脚立からの墜落・転落災害をなくしましょう!|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
7)はしごを使う前に・脚立を使う前に|厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署


■執筆/監修


<執筆> 衛生管理者・看護師

<監修> 難波 克行 先生(産業医、労働衛生コンサルタント)

アドバンテッジリスクマネジメント 健康経営事業本部顧問
アズビル株式会社 統括産業医

メンタルヘルスおよび休復職分野で多くの著書や専門誌への執筆。YouTubeチャンネルで産業保健に関わる動画を配信。

代表書籍
『職場のメンタルヘルス入門』
『職場のメンタルヘルス不調:困難事例への対応力がぐんぐん上がるSOAP記録術』
『産業保健スタッフのための実践! 「誰でもリーダーシップ」』

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