職場での心理的負担を軽減するエモーショナル・ファーストエイドとは
「エモーショナル・ファーストエイドって何?」「従業員のセルフケア能力向上に役立つ知識を得たい」とお悩みの産業保健スタッフは多いものです。 近年、従業員の心理的負担に対して、初期段階で迅速かつ効果的に行えるセルフケアの方法として「エモーショナル・ファーストエイド」が注目されています。
この記事では、エモーショナル・ファーストエイドの概要と職場での活用方法について解説します。 従業員の心理的負担を軽減するセルフケアの方法について知りたい産業医や産業保健師は、ぜひ最後までご覧ください。
<目次>
1.エモーショナル・ファーストエイドとは「心の応急手当」
2.エモーショナル・ファーストエイドを産業保健スタッフが活用する方法
3.エモーショナル・ファーストエイドで扱える感情
4.職場でのエモーショナル・ファーストエイドの具体的な活用方法
5.まとめ
1.エモーショナル・ファーストエイドとは「心の応急手当」
エモーショナル・ファーストエイド(Emotional First Aid)とは、心理学者であるガイ・ウィンチ(Guy Winch)によって広められた概念で「日常生活で経験する感情的な傷つきに対処する心の応急手当」のことです。つまり、感情的な傷つきに対して従業員自身が行えるセルフケアのことを意味します。
膝に擦り傷ができたときには、すぐに応急手当を行うのが一般的でしょう。しかし、感情的な傷つきは目に見えないものであるため、意識されにくく、放置されることが多いものです。感情的な傷つきも、擦り傷と同様に放置して悪化すると、うつ病などの心の病に発展してしまうケースもあります。
このように、心の病を予防するためには、感情的な傷つきに対して、早期に適切な応急手当を行い、病気にまで発展させないことが大切だと言われています。
2.エモーショナル・ファーストエイドを産業保健スタッフが活用する方法
産業保健スタッフは、従業員の感情的な傷つきへのセルフケア能力向上を目指し、以下のような方法でエモーショナル・ファーストエイドを活用することができます。
- 管理職や一般の従業員を対象としたメンタルヘルス研修
- 個別支援で行うセルフケアに関する説明や助言
従業員自身がセルフケアの方法として、エモーショナル・ファーストエイドを実践できるよう、サポートする目的で活用するものです。
3.エモーショナル・ファーストエイドで扱える感情
エモーショナル・ファーストエイドは、以下のような感情を経験したときに活用すると効果的であると言われています。
それぞれの概要と職場で想定されるシチュエーションについて、表にまとめました。
4.職場でのエモーショナル・ファーストエイドの具体的な活用方法
ここでは、職場でのエモーショナル・ファーストエイドの具体的な活用方法について、以下の観点から説明します。
- 従業員がセルフケアとして活用する方法
- 産業保健スタッフが実施できる従業員へのサポート
それぞれについて、解説します。
■拒絶体験のケース
拒絶体験をした従業員へのエモーショナル・ファーストエイドの活用方法を表にまとめました。
あらわれている症状に合った応急手当を実施できるよう、サポートすることが大切です。
■孤独
孤独に苦しんでいる従業員へのエモーショナル・ファーストエイドの活用方法について、以下の表にまとめました。
健康上の理由や居住地の事情などにより、孤独になっているケースでは、ペットを飼うことで孤独を癒す方法も有効です。
■喪失体験・トラウマ体験のケース
喪失体験やトラウマ体験を経験した従業員にあらわれる症状とエモーショナル・ファーストエイドを活用した応急手当の方法を表にまとめました。
職場関係者の自死や身近な人との突然の死別など深刻な喪失体験やトラウマ体験の場合には、心に深い傷を残す場合があるため、早めに専門家につなげる必要があります。
■罪悪感
罪悪感に苦しんでいる従業員へのエモーショナル・ファーストエイドの活用方法を、以下の表にまとめました。
自分を責める気持ちが強くなり、自傷行為や希死念慮があらわれている場合には、精神科や心療内科の診察を受けたり、カウンセラーに相談したりする必要があります。
■悩みが頭から離れない(とらわれ・抑うつ的反芻)
悩みが頭から離れない状態(とらわれ・抑うつ的反芻)の従業員へのエモーショナル・ファーストエイドの活用方法について、以下の表にまとめました。
とらわれ・抑うつ的反芻思考には、認知行動療法も有効です。セルフケアだけで改善が難しい場合には、カウンセリングの利用を勧めるとよいでしょう。
■失敗・挫折
失敗・挫折体験をした従業員へのエモーショナル・ファーストエイドの活用方法を、以下の表にまとめました。
不安が強すぎて、心身の不調があらわれている場合には、精神科医やカウンセラーへの相談を勧めましょう。
■自信のなさ・自己肯定感の低下
自信のなさを感じたり、自己肯定感が低下した状態に陥っている従業員へのエモーショナル・ファーストエイドの活用方法について、以下の表にまとめました。
自己肯定感を高めるには時間がかかります。自力で取り組むのが難しい場合には、カウンセリングの活用も視野に入れるとよいでしょう。
5.まとめ
この記事では、エモーショナル・ファーストエイドの概要と職場での活用方法について解説しました。
身体にできる傷と異なり、心の傷は気づきにくいものです。また、従業員が体験した心の痛みの種類やあらわれている症状によって、適切な応急手当の方法は異なります。
従業員自身がエモーショナル・ファーストエイドを上手に活用できるようになるにはサポートが必要です。産業保健スタッフがエモーショナル・ファーストエイドの理解を深めることで従業員のセルフケアの実践をサポートすることが可能となります。
エモーショナル・ファーストエイドの知識をメンタルヘルス研修や個別支援の際に活用して、従業員のセルフケア能力の向上に役立てましょう。
従業員のセルフケアをサポートする際は、以下の無料リーフレットも合わせてご活用ください👇
■参考:ガイ・ウィンチ(2016). NYの人気セラピストが教える自分で心を手当てする方法. かんき出版.
■執筆/監修
<執筆>桑鶴えみ(保健師、臨床心理士)
精神科医療機関勤務
看護大学卒業後、病棟勤務を経て、企業内の健康相談室やメンタルヘルス・ハラスメント相談室にて相談業務に従事。その後、大学院で臨床心理学を学び、臨床心理士を取得。現在、医療機関が運営するリワークプログラムの所長を務め、プログラム運営や相談業務に従事している。専門は働く人のメンタルヘルス、復職支援。
<監修> 難波 克行 先生(産業医、労働衛生コンサルタント)
アドバンテッジリスクマネジメント 健康経営事業本部顧問
アズビル株式会社 統括産業医
メンタルヘルスおよび休復職分野で多くの著書や専門誌への執筆。YouTubeチャンネルで産業保健に関わる動画を配信。
代表書籍
『職場のメンタルヘルス入門』
『職場のメンタルヘルス不調:困難事例への対応力がぐんぐん上がるSOAP記録術』
『産業保健スタッフのための実践! 「誰でもリーダーシップ」』