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高年齢労働者の安全を守る~転倒災害のリスクと予防策

少子高齢化の進行により、全人口に占める高年齢者の割合は急速に増加し、それに伴い、高年齢労働者も増加しています。高年齢労働者の転倒災害は、労働現場での大きなリスクとなっており、転倒リスクの理解と対策が欠かせません。
本記事では、高年齢労働者の特性を踏まえた転倒リスクの原因と予防策について解説していきます。

目次

1.はじめに~高年齢労働者と労働災害
2.高年齢労働者の特性と転倒リスク
3.転倒災害の原因と事例紹介
4.転倒災害の予防と対策~労働環境の改善
5.まとめ


1.はじめに~高年齢労働者と労働災害


高年齢者の労働災害発生率は、若い世代に比べて高いことが明らかです。第14次労働災害防止計画でも、「高齢者の労働災害防止対策の推進」が重要な課題として挙げられています。

高年齢者による労働災害は、様々な要因が絡み合って発生します。実際に、60歳以上の労働者は全体の18.2%を占めており、休業4日以上の死傷者数のうち60歳以上の割合は25.7%に達しています。これは、若い世代に比べて相対的に高い数字です。

労働災害の種類として、男性では「墜落・転落」が若い世代に比べて大幅に多く見られます。女性の場合は「転倒による骨折等」が特に高齢になると増加します。


2.高年齢労働者の特性と転倒リスク


高年齢労働者の特徴として、長年の経験から豊富な知識を備え、責任感が強い、など良い点がありますが、加齢による身体機能の低下など、配慮が必要という側面があります。
そのため、高年齢者は、身体機能の低下などにより、若年層と比較して労働災害の発生率が高く、休業期間も長期化する傾向があります。
また、加齢に伴う体力や運動能力の低下により、転倒しやすくなり、わずかなつまずきが重大な被害につながるため、注意が必要です。

加齢による機能の低下

  • 感覚機能
    • 視覚機能:老化により目のレンズの柔軟性が低下し、近くの物が見えにくくなる
    • 暗所での視認性の低下:年齢とともに瞳孔の収縮能力が低下し、暗所での視認性が悪くなる
    • 視野の狭さ:加齢による視神経の変化や眼疾患(例:緑内障)により、視野が狭くなる
  • 聴覚機能
    • 加齢性難聴:高音域の音が聞き取りにくくなり、会話の理解が困難になる
    • 騒音下での会話理解の困難:聴覚の鈍化により、会話を理解するのが難しくなる
  • 平衡機能
    • バランス保持能力の低下:内耳の変化や筋力の低下により、体のバランスを保持する能力が低下し、ふらつきや転倒のリスクが増す
  • 運動機能
    • 筋力の低下:筋肉量が年齢とともに減少し、歩行が不安定になる
    • 関節の可動域の制限:関節の軟骨がすり減り、可動域が狭くなることで、動きが制限される
    • 反射速度の低下:神経伝達の速度が遅くなり、反射が遅くなる
  • 生理機能
    • 基礎代謝の低下:基礎代謝が低下し、肥満や体重減少のリスクが増す
    • 消化機能の低下:消化器官の機能が低下し、栄養吸収が不十分になる
    • 心肺機能の低下:心臓や肺の機能が低下し、疲れやすくなる
    • 生活習慣病のリスク増加:糖尿病や高血圧などの生活習慣病のリスクが高まる
  • 精神機能
    • 記憶力や注意力の低下:認知機能の低下により、記憶力や注意力が低下する
    • 判断力の鈍化:脳の老化により、迅速な判断が難しくなる
    • うつ症状や意欲の低下:社会的な孤立感や身体的な不調が原因で、うつ症状や意欲の低下が見られる


3.転倒災害の原因と事例紹介


労働災害の中でも、特に転倒や「墜落・転落」によるものは、小さな原因が大きな労働災害に繋がりやすいため予防策を講じることが重要です。
男性の場合、60歳以上の労働者は20代の労働者の約3.6倍の頻度で「墜落・転落」を経験しています。また、女性の場合、「転倒による骨折等」は60歳以上が20代の約15.1倍に達し、顕著に高い割合となっています。

転倒災害の典型的な原因として、「滑り」や「つまずき」が挙げられます。

「滑り」 による転倒災害の原因

  • 凍結した通路等で滑る
  • 作業場や通路にこぼれていた水、洗剤、油等により滑る
  • 水場(食品加工場等)で滑る
  • 雨で濡れた通路等で滑る
「滑り」 による転倒災害

「つまずき」 等による転倒災害の原因

  • 何もないところで足がもつれる
  • 作業場・通路に放置された物につまずく
  • 通路等の凹凸につまずく
  • 作業場や通路の設備、家具、コード等に足を引っかけてつまずく
「つまづき」 による転倒災害



4.転倒災害の予防と対策~労働環境の改善


転倒災害防止対策のポイント

職場の転倒災害防止対策は、以下のような観点から進める必要があります。

① 設備管理の対策[4S(整理・整頓・清掃・清潔)]

  • 歩行場所に物を置かない:通路や作業場に物を置かないようにしましょう
  • 床面の汚れ除去:水、油、粉などの汚れを床から取り除きます
  • 床面の凹凸・段差の解消:床の凹凸や段差をなくし、平らに保ちます

② 転倒しにくい作業方法

  • 時間に余裕を持つ:ゆとりを持って行動し、焦らないことが大切です。また、無理のない業務量に調節することも重要です
  • 小さな歩幅で歩行:滑りやすい場所では、小さな歩幅でゆっくり歩くようにしましょう
  • 足元を見て作業:足元が見えにくい状況で作業しないようにします

③その他の対策

  • 適切な靴の着用:作業に適した靴を履いて、安全性を確保します
  • 職場の危険マップ作成:職場の危険箇所をマップで共有し、全員が認識できるようにします
  • 注意喚起のステッカー:転倒しやすい場所にはステッカーなどで注意を促します
  • 体操で筋力維持:定期的に体操を行い、筋力を維持・向上させます

事業者は、高年齢労働者の就労状況や業務の内容等の実情に応じ、国などによる支援も活用しながら、実施可能な労働災害防止対策に積極的に取り組むことが求められています。
厚生労働省は2020年に「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」を発表しました。このガイドラインは、高年齢者の特性を考慮して、高年齢労働者が安心して安全に働ける職場環境を作るための具体的な指針を提供しています。

エイジフレンドリーガイドラインを踏まえた対策

【事業者】
高年齢労働者の就労状況や業務の内容等の実情に応じて、国や関係団体等による支援も活用して、実施可能な労働災害防止対策に積極的に取り組むよう努める。
【労働者】
事業者が実施する労働災害防止対策の取組に協力するとともに、自己の健康を守るための努力の重要性を理解し、自らの健康づくりに積極的に取り組むよう努める。

事業者に求められる具体的な取り組み

1. 安全衛生管理体制の確立等

  • 経営トップが安全衛生方針を表明し、担当組織や担当者を指定
  • 高年齢労働者の身体機能の低下による労働災害についてリスクアセスメントを実施

2. 職場環境の改善

  • 照度の確保、段差の解消、補助機器の導入など、身体機能の低下を補う設備・装置の導入
  • 勤務形態や作業スピードなど、高年齢労働者の特性を考慮した作業管理

3. 高年齢労働者の健康や体力の状況の把握

  • 健康診断や体力チェックを通じて、事業者と高年齢労働者の双方が健康や体力の状況を客観的に把握

4. 高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応

  • 健康診断や体力チェックの結果に基づき、安全と健康の点で適合する業務をマッチング
  • 集団および個々の高年齢労働者を対象に、身体機能の維持向上に取り組む

5. 安全衛生教育

  • 十分な時間をかけ、写真や図、映像など、文字以外の情報を活用した教育を実施
  • 再雇用や再就職などで経験のない業種や業務に従事する場合、丁寧な教育訓練を行う



5.まとめ


少子高齢化が進む中で、高年齢労働者が元気に働き、企業にとっても重要な戦力となることが求められています。
事業者は、高年齢労働者の心身の状況に応じて適切に配置し、適切な配慮を行うことで、加齢による影響を最小限に抑える必要があります。また、事業者だけでなく、高年齢労働者自身も労働災害防止に積極的に取り組むことが重要です。産業保健スタッフは、事業所、労働者の両者のサポートを実施する役割を担います。高年齢労働者の特性を事業場と労働者が理解し、共に協力して安全な職場環境を築いていくことが大切です。


■執筆:さんぽLAB 運営事務局 保健師
■参考資料
厚生労働省|労働災害防止計画について
厚生労働省|令和5年高年齢労働者の労働災害発生状況
厚生労働省|高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)
厚生労働省|高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン概要
厚生労働省|職場のあんぜんサイト:転倒災害防止対策の推進について


■一緒に見たいコンテンツ


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1 件の返信 (新着順)
ペイペン
2025/01/07 10:12

教科書的なところをまとめて頂きありがとうございます。
企業の人とのコミュニケーションにおいては、もう少し具体的に、転倒災害で何ヶ月ぐらい休業になるという数値があった方がより切迫感を持ってもらえると思うので、よくある大腿骨頸部骨折があった場合に職場復帰にどれぐらいかかるか?その間、周りに負担がいくことになるが大丈夫か?などということを訴えられると良いかと思います。
4日以上って言われてもだいたい何日か一般の人では想像できませんからね。

ところで、安全の分野は産業医として、どこまで求められているか、悩ましいところがあります。正直、転倒のことなんか運動生理学的なところはきちんと学んだ訳ではないので、ガイドライン読めば誰でもわかるようなことを話すしかなく…
墓穴を掘るよりは、得意分野に専念する方がありがたがられるのではないかと思ったり…。
企業の側に、産業保健職に対して、安全関連に求めるものがどこまであるのか、どこかで調査しているようなものがあれば教えて欲しいです。
また安全について、しっかり学ぶためにどのような研修、サービスがあるか教えてもらえると嬉しいです。


ペイペン様、いつもさんぽLABをご利用いただきありがとうございます。
記事へのコメント、ありがとうございました。
貴重なご意見、今後のコンテンツ作成のご参考にさせていただきます。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。