記事

テレワークで運動不足?生活習慣病を防ぐために企業ができること

テレワークの普及により、働き方は大きく変化しました。しかしその一方で、「座りっぱなし」「生活リズムの乱れ」「身体活動の減少」といった健康課題が深刻化し、運動不足を背景とした生活習慣病リスクの増加が企業の新たな課題となっています。
これまでのような「出社前提の健康管理」だけでは十分な対応が難しくなってきており、産業保健スタッフによる柔軟な支援体制が求められています。

労働安全衛生法第69条の2に基づき、事業者には「労働者の健康保持増進を図るための必要な措置を講ずるよう努めること」が求められています(努力義務)。罰則は伴いませんが、従業員の健康確保に向けた環境整備を行うよう努力することが求められています。

本記事では、テレワークにおける健康リスクの現状を整理しながら、企業が取り組むべき生活習慣病予防の対策や、産業保健スタッフの果たす役割を具体的に紹介します。


<目次>

1.はじめに:テレワークと健康課題の現状
2.テレワークで生じる代表的な健康リスク
3.生活習慣病予防のために企業ができる対策
4.産業保健スタッフが果たす役割
5.まとめ


1.はじめに:テレワークと健康課題の現状

テレワークの定着は働き方の多様化をもたらしましたが、その裏側で見過ごされがちな健康課題が顕在化しています。運動不足や生活リズムの乱れにより、従業員の生活習慣病リスクが高まり、企業にとっても将来的な健康コストや生産性低下の要因になりかねません。

近年の働き方改革や新型コロナウイルスの影響により、テレワークが急速に広まりました。総務省による調査では、企業全体のテレワーク導入率は約50%に達し、特に従業員数1,000人以上の大企業では70%以上がテレワークを継続的に実施しています。

一方で、出勤による通勤や職場内の移動がなくなったことで、1日の歩数が3,000歩未満にまで減少するケースも少なくありません。実際、厚生労働科学研究による調査では、テレワークを週5日以上実施している労働者の歩数は平均約3,194歩と、出勤者の半分以下にまで落ち込んでいるという結果も示されています。加えて、座っている時間も1日平均70分以上増加し、間食の増加や睡眠時間の乱れ、生活リズムの崩壊など、生活行動の質が低下していることが示されています。

このように、テレワーク環境下では、従業員の生活行動が知らず知らずのうちに乱れ、健康への影響が懸念されています。だからこそ、企業は単に「健康情報の周知」だけでなく、作業に着目した日常的支援を取り入れた健康管理体制を整える必要があります。


2.テレワークで生じる代表的な健康リスク

テレワークは、時間や場所に縛られず柔軟に働ける利点を持ち、多くの企業に浸透しています。しかしその一方で、通勤や社内移動といった日常的な身体活動の消失、生活構造の乱れ、コミュニケーションの不足などにより、健康面での課題が顕在化しています。

  • 運動不足による基礎代謝の低下
  • 姿勢不良による筋骨格系のトラブル
  • 生活リズムの乱れと活動意欲の低下
  • 交流不足によるメンタルヘルスへの影響
  • 生活習慣病のリスク増大

以下に、代表的な健康リスクを整理します。

■運動不足による基礎代謝の低下

テレワークでは通勤や職場内の移動がなくなることで、1日あたりの歩数が平均で3,000〜5,000歩も減少すると言われています。厚生労働科学研究(2023年)の報告では、週5日テレワークを実施している労働者の1日平均歩数は約3,194歩と、出勤者の半分以下という結果が示されています。

身体活動の低下は、基礎代謝の低下・筋力の衰え・体脂肪の増加につながり、長期的には肥満や生活習慣病のリスクを高める可能性があります。

■姿勢不良による筋骨格系のトラブル

自宅では必ずしも業務に適したデスクや椅子が用意されているとは限りません。ソファやローテーブル、ダイニングチェアなどでの長時間作業は、首・肩・腰への慢性的な負担を引き起こします。

実際の調査では、在宅勤務者のうち36.3%が肩こり、32.6%が眼精疲労、27.9%が腰痛を訴えており、これらはVDT症候群(情報機器作業に伴う健康障害)の一因ともされており、継続的な対策が求められます。

■生活リズムの乱れと活動意欲の低下

テレワークでは、出勤による生活の区切りが失われ、起床・食事・就寝の時間が不規則になりがちです。このような生活リズムの乱れは、自律神経の乱れにつながり日中の眠気、倦怠感、集中力の低下、作業効率の悪化などを引き起こします。

■交流不足によるメンタルヘルスへの影響

オンライン業務中心の働き方により、同僚とのちょっとした会話や相談の機会が減り、孤立感や不安感を抱えやすくなっています。コロナ禍におけるテレワークに関する調査では、テレワーク継続者の約36%が抑うつ・不安傾向を示していたという報告もあります。

■生活習慣病のリスク増大

運動不足、栄養の偏り、睡眠の質の低下、ストレスの蓄積といった要因が複合的に絡み合うことで、肥満・高血圧・糖尿病・脂質異常症といった生活習慣病のリスクは確実に高まります。

特にテレワーク頻度が高い男性では、LDLコレステロールや拡張期血圧の上昇、メタボリック症候群指標の悪化が報告されています。

こうした変化は、従業員本人だけでなく、企業にとっても医療費負担・生産性低下・労務リスクの要因となるため、早期の介入が求められます。

<5つの健康リスクの問題点 >

各項目の問題点を簡潔にまとめると以下の通りです。

表:5つの健康リスクの問題点

こうした健康リスクは、テレワークという新たな働き方の中で見えにくく、放置されやすい課題です。企業としては、従業員のセルフケア能力の向上と同時に、環境整備・作業支援を通じた積極的な健康支援が求められます。


3.生活習慣病予防のために企業ができる対策

テレワークによる生活習慣病リスクを防ぐには、働く人の「日常の作業」に着目し、企業が行動・環境・意識の変化を後押しすることが重要です。

通勤や社内移動の消失により、長時間の座位・生活リズムの乱れ・孤立感が生まれやすくなり、運動不足や代謝低下、精神的不調が生活習慣病のリスクを高めます。
企業が「健康は個人の責任」として支援を行わない場合、生産性の低下や医療費増など、経営上のリスクにもつながります。そこで企業には、日常の“作業”に潜むリスクに気づき、環境や仕組みに働きかける視点が求められます。
ここでは、従業員の「日常の作業」に着目した4つの実践的な予防策を紹介します。

①座りすぎを防ぎ、活動量を増やす工夫

長時間の座位は、血流低下や筋力低下、代謝の悪化を引き起こし、生活習慣病の温床になります。

・作業リズムに沿ったリマインド通知の導入

例:1時間に1回、立ち上がってストレッチを促す通知

・立位の取りやすいチャット文化の促進

例:Webミーティングのあとに「伸びタイム(軽いドローインやストレッチ)」を設ける

・「ながら運動」ができる環境整備

1回1分の軽運動動画を社内SNSやTeamsに投稿する仕組みを用意。行動の可視化・習慣化を促す。

②継続できる健康習慣のしくみづくり

健康的な生活習慣は「やろうと思っても続かない」もの。企業側が継続の仕組みを用意することが重要です。人は目標やフィードバックがあると行動が持続しやすくなります。

・日常に「動機づけ」の種を組み込む

例)スマホアプリの歩数目標を使い、日報に健康ログを添える。

・社内ウォーキングチャレンジの開催

例)バーチャル出社ルートを設け、週ごとの歩数でランキング化する(表彰やポイント連携なども)

③姿勢を守るための環境・ツール支援

不適切な作業環境が続くと、筋骨格系の不調や慢性的な疲労を引き起こす原因となります。
とくに、デスクやイスの高さが合っていない状態で長時間PC作業を行うと、肩こりや腰痛、VDT症候群のリスクが高まります。

・在宅勤務環境の整備支援

例:希望者に対して、昇降デスクやクッションチェア等の貸出・費用補助制度を導入。
最近では、在宅勤務手当として金銭的支援を行う企業も増えています。

・VDT作業における身体ストレス軽減の情報提供

例:「姿勢チェックリスト」や「セルフ調整動画」などを社内イントラやTeamsで配信し、自己管理を促進します。

例えば、以下のような「姿勢チェックリスト」の定期実施も有効です。

  • 椅子に深く腰掛け、背もたれに背中がついている
  • 足裏が床にしっかりついている
  • 肘の角度が90度前後で、腕がラクな位置にある
  • モニターの上端が目の高さとほぼ同じ
  • 画面との距離は40~70cm程度を保っている
  • キーボード操作時に手首が反っていない
  • 30分に1回は立ち上がって動いている

このチェックリストを活用しながら、背もたれクッションを使う、足元に台を置くなど、自分に合った姿勢へセルフで調整ができます。

さんぽLABでは、保健指導や社内掲示で使えるリーフレットを無料公開しています。デスク環境整備について案内したい場合は以下をご活用ください👇
リーフレット:デスク環境を整えて健康に

④食事・生活リズムを整える情報提供と働きかけ

生活リズムの乱れや食習慣の偏りは、生活習慣病の大きなリスク要因です。
通勤がないことで「昼食抜き」「夜中まで仕事」のような乱れが起こりやすく、肥満・高血圧・糖代謝異常につながります。

・社食アプリ・健康レシピの提供

在宅勤務者向けに、時短&栄養バランスの取れたレシピを週1で社内配信。家族と一緒に取り入れやすい内容が理想。

・朝活・昼休み活用型イベントの実施

例:月曜朝の「10分ラジオ体操」や、管理栄養士による「オンライン昼食セミナー」で生活リズムを整えるきっかけに。

・PC稼働時間の分析による、生活習慣の把握と支援

夜間や長時間の稼働が続いている社員には、長時間労働による健康障害の防止のために、産業医・保健師・衛生管理者などが連携しながら個別の支援を行います。
具体的には、人事部門などから労働時間やPCの稼働時間に関するデータを入手し、勤務実態や労働時間の把握を行ったうえで、健康リスクの高いと考えられる職場や社員に対して、産業医や保健師などからアプローチし、個別の面談や健康相談などへの動線を整理します。個人の健康情報を扱う際は、本人の同意や産業医・衛生管理者との適切な情報共有範囲を確認し、守秘義務に配慮することが必要です。衛生委員会等でこうした取り組みについて審議し、承認を得ておくようにすると、よりスムーズです。


4.産業保健スタッフが果たす役割

テレワーク時代における生活習慣病予防では、「生活実態を把握し、組織と個人をつなぐ支援役」としての産業保健スタッフの役割がますます重要になっています。テレワーク下では、働く人の行動や体調変化が見えづらくなり、健康リスクの「サイン」に企業が気づきにくくなります。産業保健スタッフは、「作業の視点」や「生活機能の捉え方」を活かして、従業員の心身状態や生活習慣の乱れに早期に介入できます。

■健康課題の「見える化」と予防的対応

PC使用時間や座位時間、勤務ログをもとに、生活リズムの乱れを可視化。夜間稼働や無休状態などが見られる社員に対し、小さな声かけ(スモールリーチ)を行い、支援のきっかけを作る。

■社内の「健康文化」の醸成支援

運動チャレンジや食習慣支援の企画・運営に関わり、社員参加型の健康づくりを推進。健康発信を担うリーダー層への教育・アドバイスも重要です。
例:チャットでの健康コラム、姿勢チェックの啓発など。

■環境改善への助言・提案

作業環境アセスメント(机・椅子・照明等)を実施し、姿勢や負担軽減に向けた具体的なアドバイスを行う。在宅勤務環境が不適切な社員に対して、家具補助制度やセルフ調整動画の利用を提案する。

■情報提供から“行動変容を促す体験型支援”へ

従来の講義や資料提供だけでなく、ミニ運動教室や健康チャレンジ企画の主導など、体験ベースの支援を行うことで習慣化につながります。従業員の「行動変容」を引き出すカギとして重要です。

このように、職場における“健康づくりの専門家”として、産業保健スタッフが連携しながら全社的な健康経営を推進していくことが期待されます。産業保健スタッフが中心となり、組織ぐるみで健康課題に向き合うことが、持続可能な健康経営への第一歩です。


5.まとめ

本記事では、テレワークにおける運動不足と生活習慣病予防、そして産業保健スタッフの役割について解説しました。テレワークの拡大により、運動不足・姿勢不良・生活リズムの乱れ・コミュニケーションの減少といった新たな健康リスクが生まれ、生活習慣病の温床にもなりつつあります。

これらのリスクを放置すれば、社員の健康悪化だけでなく、生産性の低下・医療費の増大・離職率の上昇といった経営上の課題にも直結します。
だからこそ、企業は「健康管理は個人の責任」とせず、職場全体で健康を支える仕組みづくりを進めることが不可欠です。

本記事で紹介したように、

  • 座りすぎを防ぎ、活動量を増やす工夫
  • 継続できる健康習慣のしくみづくり
  • 姿勢を守るための環境・ツール支援
  • 食事・生活リズムを整える情報提供と働きかけ

といった取り組みは、すぐに始められる実践的なステップです。健康経営は特別な取り組みではなく、日々の「作業」や「習慣」を見直すことから始まります。

まずは、今日の1回のストレッチ、1分の休憩、1歩の意識から。
その小さな一歩が、社員の健康と企業の持続的な成長を支える大きな力になります。

以下の記事では、全国の産業保健スタッフから募集した健康施策アイデアをまとめてご紹介しています。運動イベント企画の参考にしてください👇
記事:みんなの社内健康施策アイディア大公開!~運動で元気をつくろう~




■参考


1)令和5年通信利用動向調査の結果|総務省
2)テレワークの常態化による労働者の筋骨格系への影響や生活習慣病との関連性を踏まえた具体的方策に資する研究|甲斐裕子
3)Association Between Abrupt Change to Teleworking and Physical Symptoms During the Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) Emergency Declaration in Japan, Tezuka et al., J Occup Environ Med. 2021 Aug 20;64(1):1–5.
4)Health effects of immediate telework introduction during the COVID-19 era in Japan: A cross-sectional study, Niu et al., PLoS One. 2021 Oct 8;16(10):e0256530.


■執筆/監修


<執筆> ライター飯田(作業療法士)

2018年に作業療法士資格を取得後、総合病院で急性期から訪問リハビリまで幅広く経験。患者さん一人ひとりの生活環境や視点を大切にしながら、支援に力を入れる。
現在はライターとしても活動中。

<監修> 難波 克行 先生(産業医、労働衛生コンサルタント)

アドバンテッジリスクマネジメント 健康経営事業本部顧問
アズビル株式会社 統括産業医

メンタルヘルスおよび休復職分野で多くの著書や専門誌への執筆。YouTubeチャンネルで産業保健に関わる動画を配信。

代表書籍
『職場のメンタルヘルス入門』
『職場のメンタルヘルス不調:困難事例への対応力がぐんぐん上がるSOAP記録術』
『産業保健スタッフのための実践! 「誰でもリーダーシップ」』

コメントする