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困難事例から学ぶ合理的配慮と両立支援の実践的アプローチ

困難事例から学ぶ合理的配慮と両立支援の実践的アプローチ

障害者雇用や高齢労働者の増加に伴い、合理的配慮や両立支援の重要性は一層高まっています。
この記事では、2025年7月24日に江口尚先生が登壇されたセミナー「合理的配慮と両立支援なにをどこまで?困難事例から学ぶ実践的アプローチ」の内容をもとに、困難事例から学ぶ両立支援の要点を整理し、産業保健職が現場で実践できるヒントをお伝えします。



江口尚先生(産業医)

目次

1.はじめに
2.事例紹介
3.職場で両立支援を進める上での課題
4.困難事例を考えていく上で~障害者雇用~
5.困難事例を考えていく上で~合理的配慮~
6.まとめ


1. はじめに


近年、産業保健の分野では「合理的配慮」や「治療と仕事の両立支援」に関する取り組みが広がっています。合理的配慮については、障害者雇用の文脈でよく取り上げられます。たとえば、2016年からは職場における合理的配慮の提供が義務化され、定期的に雇用率の引き上げも行われています。これに伴い、障害者雇用や合理的配慮に対する社会的関心も一層高まってきました。

一方、両立支援についてもご存じの通り、来年4月から「治療と仕事の両立支援」が事業者の努力義務として位置づけられます。努力義務とは、自転車のヘルメット着用義務のように、違反したからといって罰則があるものではありません。しかし、法律に明記されるという点でその意義は大きく、これまで十分に取り組めていなかった事業場においても、今後は積極的な対応が求められるでしょう。

加えて、日本は少子高齢化が進んでおり、高齢の労働者が増えることで「病気を抱えながら働く人」も確実に増えていきます。そのため、両立支援は法的にも社会的にもますます重要になってきています。事業者はもちろん、産業保健職が中心的な役割を担っていくことが不可欠です。

本記事の目的
適応障害や発達障害など精神的な不調や身体障害を抱える従業員に対する支援のあり方について、産業保健の実務に即した視点から理解を深め、実践力を高めること
「どこまで配慮すべきか」「どのような状態を支援のゴールとするか」といった現場で直面しやすい悩みに対し、合理的配慮と両立支援の観点から考え方の整理を行い、具体的な対応の方向性を示すこと
実際の事例をもとに、支援に必要な視点や関係者との連携のポイントを掘り下げることで、職場での実践につながる知見を提供すること



2. 事例紹介


プロローグ:ある架空の事例1
プロローグ:ある架空の事例2

こちらは、良い事例としてご紹介しました。
ここからお伝えしたいのは、職場での支援においては、ちょっとした歯車の噛み合わせが崩れるだけで「困難事例」へと変わってしまう、ということです。
たとえば、業務への意欲が低い場合にはどうするか。主治医が認めた範囲の作業であっても、実際には残業が避けられない場合にどう調整するか。本人が強いキャリア志向を持ち、さらに挑戦したいと望む場合にどう支えるか。あるいは病識が乏しい、周囲の理解が得られない、といった状況も困難を生み出します。

こうした場面で重要なのは、まず「理想的な支援のあり方」を見立て、その状態に至らない要因を探り、ボトルネックを取り除いていくことです。これこそが産業保健職の腕の見せどころであり、両立支援の核心ともいえるでしょう。

誰にとっての「困難」なのでしょうか?何が「困難」を生じさせているのでしょうか?

困難が「誰にとって」のものなのかを見極める視点も欠かせません。本人が困難を感じる場合もあれば、本人は困っていないが周囲が困っている場合もあります。背景には「若手は残業すべき」といった規範や職場文化が影響していることも少なくありませんし、逆に病状そのものが困難を引き起こす場合もあります。

職場には産業保健職だけでなく、人事、上司、同僚など多くの関係者が関わります。それぞれの立場や価値観が複雑にもつれ合う中で、冷静に「何が困難を生じさせているのか」を見極め、その絡まりを解きほぐしていくことが求められます。これこそが、産業保健職に期待される重要な役割だといえるでしょう。


3. 職場で両立支援を進める上での課題


困難事例を理解するための視点①症状の説明:会社・職場への病名の申告、自分の症状についての説明・言語化能力。②本人の体調:症状の状況、発病のタイミング。③主治医の要因:主治医の患者の就労への関心。④職場の要因:就業上の配慮、上司の理解、同僚の理解、職場の風土、産業保健職の意義
出典:産業保健職・人事担当者向け 難病に罹患した従業員の就労支援ハンドブック(2016年2月発行)を基に作成(https://www.med.kitasato-u.ac.jp/lab/publichealth/docs/handbook.pdf)

困難事例が生じる背景には、会社や職場にさまざまな課題があります。
たとえば、本人が病気を会社に伝えるかどうか、症状や発病のタイミング、主治医の患者への関心、上司や同僚の理解、配置や業務内容の調整など、多くの要素が関わっています。こうした課題を整理し、見える化して対応を進めること、関係者の意見を聞きながら調整していくことが産業保健職の重要な役割です。

人事や上司も関わりますが、それぞれ守るべき立場や利害があります。一方、産業保健職は従業員の健康を軸に、関係者と調整しながら当事者の意向も踏まえて進めることができます。この視点こそが実践的アプローチの原則であり、まさに産業保健職だからこそ果たせる役割なのではないでしょうか。

「何かあったらどうするんだ症候群」との闘い

産業保健職が必ず直面するのは、「何かあったらどうするんだ症候群」との闘いです。合理的配慮や両立支援を進めても、リスクをゼロにすることは不可能であり、健康な従業員でさえ事故や体調不良に見舞われることがあります。そのため、病気を抱える従業員に対して過剰にリスクを想定してしまう場合もあるでしょう。

重要なのは、関係者間でリスクを共有し、現実的に働ける環境を整えること。ここで鍵となるのが「リスクコミュニケーション」です。事前に「何かあったらどうするんだ症候群」が出やすいことを関係者と共有し、いざという時に過度な反応をせず、どうすれば支援できるかを話し合う土台をつくっておく必要があります。

また、本人が自分の体調や働き方をどこまで対応できるかを理解し、説明できることも重要です。両立支援を進める上では、トライアンドエラーのスキルを身につけることも欠かせません。残業や業務量を増やして体調を崩した場合は一度調整し、再び挑戦する、といった柔軟な試行錯誤が可能であれば、働く幅を徐々に広げることができます。その際、不可逆的な悪化を招かないよう、主治医や本人とコミュニケーションをとりながら、産業保健職が適切に見極めることが求められます。
このように、産業保健職には「リスクをゼロにする」のではなく、「リスクを共有し、調整しながら前に進める」役割が求められています。

多様な働き方を支えるために

両立支援をエビデンスベースで実施するのは難しい面もあります。病気を抱える従業員に関しては、治療ガイドラインに加え、就労支援ハンドブックや実務上の事例も活用することが有効です。必要に応じて人事と情報共有することも可能ですが、重要なのは産業保健職が事前に情報収集し、現場で適切に対応できる体制を整えておくことです。

最近では、「フルタイム在宅勤務」など、テレワークを活用した柔軟な働き方の事例も報道されるようになっています。例えば、重症筋無力症で寝たきりの方でも、工夫次第で業務が可能です。また、難病を抱える方は、障害者手帳が取得しにくい場合があります。中には「手帳がなければ合理的配慮をしない」とする会社もありますが、必ずしも手帳に依存せず、工夫次第でさまざまな働き方が出来るようになります。こうした取り組みや事例は、新聞などでも取り上げられることが増えており、ぜひ関心を持っていただきたいと思います。


4. 困難事例を考えていく上で~障害者雇用~


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講師:江口尚 先生(産業医)

鹿児島県出身。2001年産業医科大学卒業後、福岡徳洲会病院で臨床研修。
臨床研修修了後、一般財団法人京都工場保健会、エクソンモービル有限会社、京セラ株式会社滋賀蒲生工場で専属産業医として勤務後、2013年から北里大学医学部公衆衛生学勤務後、ソーシャルワーカやがん認定看護師と共に北里大学病院トータルサポートセンター内に両立支援外来を開設。

2020年から産業医科大学産業生態科学研究所産業精神保健学研究室に勤務。
現在、産業医科大学病院両立支援科兼任。この間、社会医学系専門医・指導医、産業衛生専門医・指導医、経営学修士(大阪府立大学)、医学博士(信州大学)を取得。ハーバード大学T.H. Chan公衆衛生大学院武見国際保健プログラム修了。

引用文献
1)中島隆信著「新版 障害者の経済学」
2)前野隆司ら著「次世代日本型組織が世界を変える 幸福学×経営学」
3)長谷川珠子. 障害者雇用における合理的配慮―日本電気事件. 2022. 労働判例百選第10版. 40-41. 有斐閣. 東京.

参考資料
詳しく知りたい方は、以下の資料もご参照ください。

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