はじめに
本記事は、日本産業衛生学会 産業医部会 化学物質管理WGが作成した『化学物質リスクアセスメントに基づく健康診断の考え方に関する手引き』(2024年5月)をもとに、安衛則第577条の2に規定されるリスクアセスメント対象物に係る健康診断の考え方を、産業保健スタッフが実務で活用しやすいようFAQ形式で整理したものです。
本手引きが繰り返し強調している大前提は、健康診断の実施を検討する前に、まず『ばく露低減措置』を徹底し、労働者のばく露の程度を最小限度にすることです。すなわち、『ばく露防止対策を十分に講じないまま、健康診断によってその不足を補う』という考え方は適切ではないと整理されています。
本記事では、便宜上、安衛則第577条の2第3項に基づく健康診断を『第3項健診』、同条第4項に基づく健康診断を『第4項健診』と表記します。
<目次>
1.基本(大前提):ばく露低減措置が最優先
2.第3項健診:健診実施の要否判断の考え方(産業医等の役割)
3.第4項健診:濃度基準値超え・事故時の迅速対応
4.濃度基準値がない化学物質:代用指標で判断する
5.リスクコミュニケーション:不安への対応の基本
6.産業保健スタッフ向けまとめ
1.基本(大前提):ばく露低減措置が最優先
Q1. リスクアセスメント対象物健康診断とは何ですか?
A. 安衛則第577条の2第3項および第4項に規定される健康診断です。化学物質へのばく露による健康障害の発生リスクが許容範囲を超えるおそれがあると判断され、健康診断の実施が必要であると認められる労働者について、健康影響の有無等を確認するために行われるます。
Q2. まず最初に押さえるべき『大前提』は何ですか?
A. 事業者は、代替、密閉、局所排気・換気、作業方法の改善、有効な呼吸用保護具の使用等により、労働者のばく露の程度を最小限度にしなければならないとされています。また、濃度基準値が定められている物質については、屋内作業場において当該基準値以下とすることが求められます。
Q3. 『健診で対策を補う』発想が不適切とされるのはなぜ?
A. 本来目指すべきなのは、ばく露防止対策を適切に講じることにより、『健康診断を追加的に実施しなくてもよい状態』を維持することです。症状が現れていないことのみを理由に対策を先送りし、健康診断の実施によって対応しようとする考え方は、手引き上、適切ではないと整理されています。

2.第3項健診:健診実施の要否判断の考え方(産業医等の役割)
Q4. 第3項健診はどのような場合に『必要』になりますか?
A. 工学的措置や保護具の使用その他のばく露低減措置が十分でなく、その結果として健康障害発生リスクが許容範囲を超えるおそれがあると判断される労働者について、第3項健診の実施が必要となります。なお、手引きでは、こうした健診は臨時的な位置づけのものとして捉え、継続的には健診を追加的に要しない作業環境を整備していくことが望ましいと整理されています。
Q5. 『健康障害発生リスク』と『健診要否』の関係で重要な原則は?
A. 健康障害発生リスクの評価と健診の要否判断との間には、合理的な整合性が求められます。したがって、リスクを無視できないにもかかわらず健診を実施しないことも、反対に、リスクが低いにもかかわらず根拠なく健診を実施することも、いずれも適切とはいえません。合理性に乏しい健診要望がある場合には、リスクコミュニケーションを丁寧に行い、必要な措置について理解を得ることが重要です。
Q6. 第3項健診の要否判断に必要な情報は何ですか?
A. 例として、①当該化学物質の有害性およびその程度、②ばく露の程度(呼吸域濃度と保護具から算出)や取扱量、③ばく露履歴(期間・頻度・時間)、④作業負荷の程度、⑤工学的措置の実施状況、⑥呼吸用保護具の使用状況(フィットテスト等)、⑦取扱方法(皮膚等障害化学物質では不浸透性保護具の使用状況や直接接触の有無等)などが示されています。
Q7. 『呼吸域の濃度』と『ばく露の程度』はどう違いますか?
A. 手引きでは、呼吸用保護具を使用していない場合は『呼吸域の濃度』、使用している場合は呼吸用保護具の内側の濃度(呼吸域濃度を指定防護係数等で補正したもの)を『ばく露の程度』として整理しています。健診要否は、この『ばく露の程度』を基に判断して差し支えないとされています。

3.第4項健診:濃度基準値超え・事故時の迅速対応
Q8. 第4項健診はどのような場合に『必ず実施』が必要ですか?
A. 労働者が濃度基準値を超えてばく露したおそれがある場合には、健康障害発生リスクが許容し得ない水準にある可能性を前提として、当該物質による健康影響の有無を速やかに確認する必要があります。そのため、手引きでは、第4項健診を確実に実施しなければならない場合に当たるものとして整理しています。
Q9. 第4項健診の対象者が第3項より広いのはなぜですか?
A. 第4項健診は条文から『常時』が外れており、漏洩事故等による一過性の大量ばく露も対象とするためです。
Q10. 第4項健診の内容はどのように考える?
A. 多くの場合、作業条件に関する簡易な確認と、自覚症状・他覚所見に関する問診が中心になると整理されています。ただし、対象物質について、自他覚症状の出現に先行して変動し得る、特異的な生物学的ばく露モニタリング項目がある場合には、その実施を検討すべきとされています。
4.濃度基準値がない化学物質:代用指標で判断する
Q11. 濃度基準値が未設定の物質はどう整理して対応しますか?
A. 手引きでは、①学術団体等のばく露限界値を参照できるもの、②データ不足等により未設定のもの、③発がん性物質など閾値の設定が困難なもの、④文献等の根拠に基づいて独自に限界値を設定しているもの、などに類型化して整理しています。参照可能なばく露限界値がある場合には、それを用いて、濃度基準値が設定されている物質と同様の考え方で取り扱うことが望ましいとされています。
Q12. ばく露限界値が参照できない場合は?
A. GHS分類に基づくハザード情報(ハザードレベル)から管理目標濃度を設定し、それをばく露限界値の代用指標として『ばく露の程度』と比較したうえで、第3項健診の要否を判断する方法が示されています。

5.リスクコミュニケーション:不安への対応の基本
Q13. リスクコミュニケーションはいつ、何を伝えるべきですか?
A. 該当化学物質の取扱い開始時、取扱量・取扱方法・設備の変更時、新たな知見が得られた時など、必要なタイミングに事業者と労働者の間で実施すべきとされています。労働者に提供すべき情報の例としては、当該化学物質名、起こり得る健康障害とその症状、取扱い上の注意事項、使用すべき局所排気装置や保護具、応急処置の方法、最新のリスクアセスメント結果、管理体制(責任者等)などが挙げられています。
Q14. 『不安があるから健診を増やしたい』と言われたら?
A. 不安があることのみを理由として、第3項健診を機械的に追加実施することは、手引き上、基本的には推奨されていません。まずは、有害性情報とばく露の程度に関する情報を整理したうえで、必要なばく露低減措置を講じるとともに、リスクコミュニケーションを丁寧に行い、理解を得ることが重要です。
6.産業保健スタッフ向けまとめ
- 『健診より先にばく露低減』が大前提であり、健康診断によってばく露防止対策の不足を補うという考え方は適切ではない。
- 第3項健診は、健康障害発生リスクが許容範囲を超えるおそれがある労働者について、評価結果との整合性を踏まえて要否を判断する。
- 第4項健診は、濃度基準値を超えるばく露や事故等によるばく露のおそれがある場合に、速やかに、かつ確実に実施する必要がある。
- 要否判断の根拠となる有害性、ばく露の程度、保護具の管理状況、工学的措置の内容等は、後から説明できるよう記録に残しておくことが望ましい。
- 労働者の不安への対応では、健診の追加実施を先行させるのではなく、まずリスクコミュニケーションとばく露低減措置の再点検を優先する。
出典:日本産業衛生学会 産業医部会 化学物質管理WG『化学物質リスクアセスメントに基づく健康診断の考え方に関する手引き』(2024年5月)を参照して作成。(2026年4月30日利用)
※本記事は、上記資料を参考に当社で編集・作成したものです。
※本記事の作成にあたっては、文章の整理にAIを補助的に活用しています。
参考:厚生労働省『リスクアセスメント対象物健康診断に関するガイドライン』