自殺対策においては、予防(プリベンション)と、危機介入(インターベンション)、事後対応(ポストベンション)という3つのアプローチが必要です。
- プリベンション(Prevention):自殺のリスク要因を減らし予防策を講じる。
- インターベンション(Intervention):自殺の危険が迫っている際に介入し、阻止する。
- ポストベンション(Postvention):自殺が発生した後に適切な対応を行い、影響を最小限に抑える。
この記事では、職場で自殺が起きた場合に実施すべきポストベンションについて、従業員のメンタルヘルスへの影響を最小限に抑える方法や、事業場がとるべき対応を解説します。
<目次>
1.職場で自殺が起きてしまったときのさまざまな影響
2.自殺のポストベンションの実施方法
3.寄り添い、話を聞く際に心がけること
4.まとめ
1.職場で自殺が起きてしまったときのさまざまな影響
不幸にして職場で自殺が起きてしまった場合、同僚だけでなくさまざまな立場の人が影響を受ける可能性があり、組織にも混乱が生じます。
■周囲の従業員への影響
自殺した従業員と同じ職場で働いていた人に限らず、特に下記の特徴を持つ方は心理的に強い影響を受ける可能性があり、注意が必要です。
<他者の自殺に強い影響を受ける可能性のある人>
- 故人と強い絆があった人
- 精神疾患を抱えている人
- これまでに自殺を図ったことがある人
- 第一発見者や搬送者
- 故人と境遇が似ている人
- 葬儀で特に打ちひしがれていた人
- 知人の自殺が生じた後、態度が変化した人
- さまざまな問題を抱えている人
- サポートが得られにくい環境にいる人
- 遺族対応を行った人
- 周囲で死や喪失体験が重なっている人
遺された人々は、「自殺なんて信じられない」「どうして相談してくれなかったんだろう」「もっとできることがあったのではないか」といったさまざまな思いを抱きます。影響の大きさによっては、継続的な心理的サポートや、医学的サポートが必要になります。
<遺された人々の心理の例>
- ショック、呆然自失、抑うつ、不安
- 罪悪感、自責の念、他罰的感情
- 否認、怒り、疑問、合理化
組織全体への影響
従業員が亡くなるということは大きな出来事であり、組織全体に大きな影響を及ぼします。職場の士気の低下や、上司や経営層への不満や不信感、休職者や離職者の増加による人員不足、遺族やメディア対応の負担、風評被害や流言による混乱など、これらの影響を抑えるためにも、適切なポストベンションを実施することが重要です。
2.自殺のポストベンションの実施方法
■ポストベンションとは
ポストベンションとは、自殺が発生した際に、その影響を受けた従業員や組織全体の心理的ケアを行い、影響を最小限に抑える取り組みです。対応の際には、自殺の原因や責任の所在を追求するのではなく、心のケアを目的とすることが重要です。
■職場におけるポストベンションの原則
以下に、ポストベンションの基本原則を示します。ただしこれはあくまでも原則であり、事業場の状況に応じて、適切な対策が望まれます。事業場内のリソースだけでは対応が難しい場合、自殺対応の経験が豊富な外部EAPや専門家への協力依頼を検討しましょう。
<事業場が取り組むべきポストベンション>
①正確な情報を迅速に伝え、動揺を最小限に抑える
自殺の事実を隠したり曖昧にしたりすると、誤った情報が広がる原因となり、混乱や会社への不信感を招きます。自殺が起きたという事実を冷静に伝え、動揺している人がいれば個別に働きかけることが望ましいでしょう。
情報を伝えた時の反応を把握できるような人数や環境で説明することも重要です。
②人員や業務を調整し、従業員の負担を軽減する
遺族対応や社外対応が求められる部署では、業務負担が増加します。また、自殺した人が所属していた部署は特に負担が大きくなり、ショックでパフォーマンスが低下したり休職したりする人が出る可能性もあります。他部署からの応援を入れたり業務を調整するなど、心身の負担を軽減しましょう。
③感情を表現する場を設ける
職場で自殺が起こっても、まるで何事もなかったかのように振る舞い、そっとしておこうとする傾向が日本にはいまだにありますが、その間にも従業員の心理的負担が大きくなり、憶測や流言が広がる可能性があります。安全な環境で率直な気持ちを表現できる場を設け、必要に応じてサポートを提供しましょう。ただし、参加の自由を保障し、発言も強制しないようにすることが大切です。自分の感情を言葉に表せない人もいますし、そのような場にいくことや発言することを強制しないことも重要です。率直な気持ちを話すことも自由、聞いているだけも自由、そのような場に参加しないことも自由であるということを保証し、従業員が安心し感情を表現できる環境を整えることが何よりも大切です。
④起こり得る反応を従業員に説明し、相談の機会を提供する
周囲に自殺をした人がいる場合、心身にはさまざまな反応が生じます。しかし、適切な知識がないとこれらの反応を異常だと感じて、誰にも相談できず悩むことがあります。産業保健スタッフから起こり得る症状や心理的影響について説明し、相談窓口の情報を提供することが効果的です。
産業保健スタッフが従業員との面談や相談に対応するケースも多いかと思いますが、全て自分で対応しようとすると負担が大きくなる可能性があります。自殺対応に知見がある専門家に意見を求めたり相談することも検討しましょう。相談先としては、外部EAP機関や下記のような機関があります。
<ポストベンションを含む企業のメンタルヘルス対策の進め方について相談できる機関の例>
- 中央労働災害防止協会
- 産業保健推進センター
- 精神保健福祉センター
⑤ハイリスク群には積極的に働きかける
ハイリスク群となる人には、本人から助けを求めてくるのを待つのではなく、積極的に働きかけることが重要です。産業保健スタッフが積極的に面談を案内したり、面談を実施したりすることが推奨されます。また必要に応じて医療につなげることが必要です。
すでに通院している場合は主治医と連携したり、必要に応じて家族などと協力しましょう。
⑥自殺の背景にある職場の問題を改善し、従業員に示す
長時間労働や、職場環境の問題、ハラスメントなど、自殺の要因となりうる職場環境の課題が明らかになった場合、改善策を講じることが求められます。対策のための実施計画を従業員へ提示することで、従業員との信頼関係の構築や安心感にもつながります。
3.寄り添い、話を聞く際に心がけること
産業保健スタッフが、自殺をした人の周囲の従業員からの相談に応じる際には、以下のようなことを心がけるようにしましょう。
- 話すことを無理強いしない
- 話すことによって傷つくこともあるということを理解する
- 安心して話せる環境を提供し、信頼関係を構築する
- 力になれることがあればサポートしたいという姿勢を示す
- 傾聴を重視し、沈黙を受け入れる姿勢を持つ
- 一人だけで対応しようとせず、本人に同意を得たうえで必要に応じて人事担当者や上司などと連携する
- 必要に応じて専門家や医療機関につなぐ
- 事業場が危機に直面している場合、産業保健スタッフ自身も大きな負担を抱えるため、セルフケアを意識する
4.まとめ
自殺が起こらないことが最善ではありますが、完全に防ぎきれないケースもあります。従業員の自殺は、事業場にとって大きな衝撃であり長期的な影響を及ぼす可能性があるため、適切な対応が求められます。事業場内のリソースのみで対応が難しい場合は、外部機関や専門家と連携することが重要です。
産業保健スタッフは、日頃から事業場内のメンタルヘルス対策を推進し、適切な体制を整えておくことが重要です。加えて、自殺の兆候がある場合の対応や、実際に自殺が発生した場合の備えも必要です。事業場の担当者と連携し、体制を構築しておくことが求められます。
■参考文献
職場における自殺の予防と対応|厚生労働省
ポストベンションとは|一般社団法人安全衛生マネジメント協会
自殺のポストベンション|大分産業保健総合支援センター
■執筆 さんぽLAB運営事務局 保健師
■監修 難波 克行先生 産業医
■監修医師のご紹介
産業医 難波 克行 先生
アドバンテッジリスクマネジメント 健康経営事業本部顧問
アズビル株式会社 統括産業医
メンタルヘルスおよび休復職分野で多くの著書や専門誌への執筆
YouTubeチャンネルで産業保健に関わる動画を配信
代表書籍
『職場のメンタルヘルス入門』
『職場のメンタルヘルス不調:困難事例への対応力がぐんぐん上がるSOAP記録術』
『産業保健スタッフのための実践! 「誰でもリーダーシップ」』