東大病院のサロン「FOR AC」に行ってみた!がん患者のアピアランスケア
がん治療を受ける患者にとって、治療の進行とともに外見の変化が避けられないことがあります。治療に伴う脱毛や体重の変化、肌の質感の変化など、これらの変化は、心理的な負担を生み出すだけでなく、社会復帰においても大きなハードルとなります。そこで重要なのが「アピアランスケア」です。アピアランスケア(外見ケア)とは、外見の変化に対処し、自信を持って社会に参加するための支援を行うケアを指します。
今回は、このアピアランスケアに特化したサロン「FOR AC」を紹介し、その意義について掘り下げます。
<目次>
1. がん患者の外見の変化は心理的に落ち込む要因になる
2. 外見ケアが患者の健康状態を高める
3. 東大病院内の「FOR AC」サロンに行ってきた!
4. 医療アートメイクも効果的
5. 患者が「FOR AC」での体験で得られる価値とは?
6. 結論
1.がん患者の外見の変化は心理的に落ち込む要因になる
がん治療は身体的な負担が大きいだけでなく、外見にも顕著な影響を与えることがあります。特に化学療法や放射線治療は、脱毛、皮膚の変色、体重減少といった目に見える形で患者に変化をもたらします。これらの変化は患者本人にとっての自己認識や、周囲の人々とのコミュニケーションに大きな影響を与えます。病気の治療に伴う外見の変化は、心理的な影響をもたらすこともあります。
外見の変化に対応することは、がん治療の一部としてだけでなく、社会的・職業的な復帰にも欠かせない要素です。
ここで重要なのが、国際生活機能分類(ICF)というフレームワークです。ICFは、健康状態を「身体機能・構造」「活動」「参加」の3つの側面から評価します。
外見ケアという個人因子を改善することで、「参加」を促します。職場復帰の前に、外見の変化による不安や障害を軽減できれば、スムーズな復職が実現し、その人の健康状態を改善することが可能です。
2.外見ケアが患者の健康状態を高める
がん治療における外見ケアは単なる美容的なケアではなく、社会的な参加を促進するための重要な支援であることがわかります。
例えば、普段から大事にケアしていた髪の毛が治療で抜けてしまったら、どう感じるでしょうか。がん治療で命が助かったとしても、髪の毛が抜けてしまったら、非常に落ち込むのではないでしょうか?
外見の変化によって仕事に復帰する際、以前のように出勤することに不安を感じ、その結果、社会活動を制限してしまうケースがあります。これは「参加制約」にあたります。
外見ケアは、がん患者が外見に自信を取り戻し、職場や社会に積極的に参加できるようにすることで、この「参加制約」を軽減します。また、職場での対人関係や社会的なつながりを回復するうえで、外見ケアは有効な手段です。
3.東大病院内の「FOR AC」サロンに行ってきた!
「FOR AC」は、がん患者向けのアピアランスケアに特化したサロンです。このサロンでは、患者が抱える外見に関する悩みを解決し、外見ケアを通じて自己肯定感を高めるサポートを提供しています。フラッグシップである東大病院内をはじめ、全国16箇所(2025年3月現在)にFOR ACのサロンが展開されています。
▶FOR ACのホームページはこちら
入院棟Bの1階の「FOR AC」を訪問してきました。FOR ACでは、脱毛後のウィッグ提供、肌の変色に対する化粧指導、ファッションアドバイスなど、個々の患者のニーズに応じたケアが行われます。「FOR AC」の大きな特徴は、専門スタッフががん患者特有の悩みに対応できる点です。医療的な背景を持つスタッフが患者の治療過程を理解しながらケアを行うため、安心感があり、患者が気軽に相談できる環境が整っています。
①専門美容師の頭髪ケア+「ウィッグ」ケア
髪と頭皮の健康をサポートし、清潔さや快適さを維持することを目指します。ウィッグケアでは、自然な見た目を保つためのカットやフィッティング調整などを行い、外見改善をお手伝いします。
②最新人気アイテム!眉毛スタンプで簡単に改善!
抗がん剤治療やその他の理由で眉毛が薄くなったり抜けてしまった方にとって、「眉毛スタンプ」は簡単に自然な眉を再現できるため、即効性があり、手軽に使用できる点が魅力です。使うだけで顔の表情が大きく変わり、自信を持てるアイテムとして支持されています。
③人工乳房パーツ:乳がん術後の傷をカバーする特殊アイテム
人工乳房は乳がん術後の傷をカバーできる特殊アイテムです。乳房の一部または全体を切除した後、外見上のバランスを保つために使われます。形状や素材が工夫されており、術後の快適さや自信を取り戻す手助けとなります。
④医療ウィッグ購入で自治体の補助が受けられるケースも
高額になりがちな医療用ウィッグは、安価なものも用意されており、自治体の補助金の申請まで「FOR AC」でサポートします。
⑤「FOR AC」は東大病院以外の患者も受け入れ中
東大病院にある「FOR AC」は東大病院以外の患者さんやその家族も利用できます。同様に、全国各地の「FOR AC」でも通院先を問わず相談を受け付けています。
また、東大病院「FOR AC」の目の前には、「がん相談支援センター」があります(入院棟1階)。「がん相談支援センター」は、がんに関する無料・匿名の相談窓口で、全国に設置されています。
患者のお見舞いに来たついでに立ち寄る方もおり、そうした方にも「FOR AC」ではお困りごとを伺い、必要な情報提供を行っています。
※「がん相談支援センター」全国にある、どなたでも無料・匿名で利用できるがんに関する相談窓口
「がん相談支援センター」とは:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]
4.医療アートメイクも効果的
■見た目の素早い改善に「眉毛」アートメイク
医療アートメイクは、医療機関で施術されるため、眉毛やアイラインを手間なく維持できます。抗がん剤治療によって眉毛やまつ毛が抜けてしまう場合、眉毛のアートメイクや眉毛シールは有効な選択肢となります。
眉毛のアートメイクを施した女性から「もっと早くやっておけばよかった!」「ノーメイクでゴミ捨てだけでなく、コンビニぐらいまで余裕!」「朝の時間が節約できた!」などの声を聞くことがあります。顔の印象に即効性が高いのが眉毛のアートメイクです。
■頭皮アートメイクは化学療法からの回復期に有効
頭皮アートメイクは、40~50歳代の男女にも支持されており、化学療法後の薄毛や抜毛の悩みに対する選択肢として注目されています。施術は黒いドットを頭皮に入れるもので、地肌の露出を隠し、毛量が少ない状態を目立たなくします。
■頭皮アートメイクは医療行為
頭皮アートメイクは医療行為に該当しますので、医療機関内で医師や看護師が施術を行います。専門的な知識と技術を持つスタッフが、患者の治療過程を理解した上で施術を行うため、安心して受けることができます。
5.患者が「FOR AC」での体験で得られる価値とは?
実際にサロン「FOR AC」で提供されるサービスは、患者の外見だけでなく、精神面や社会生活の復帰も視野に入れた包括的なケアが特徴です。がん患者は、治療の過程でさまざまな身体的変化に直面しますが、それに適切に対処することで、自己肯定感を維持し、社会的な参加意欲を高めることが可能です。外見の変化に対する適切なサポートがあることで、患者はより前向きに生活を送ることができます。
サロン「FOR AC」は、患者が抱える外見に関する問題に対して専門的な知識と技術を提供し、治療と並行して患者の生活の質を向上させるための重要な役割を果たしています。特に、がん治療を受ける中で感じる孤立感や不安を和らげ、再び社会に戻るための大きな力となっています。
外見ケアの充実は、単に見た目の改善にとどまらず、患者の社会復帰や自己表現の支援という観点からも非常に重要です。今後、より多くの医療機関や施設でこのようなケアが提供されることで、多くの患者が安心して治療に専念し、自信を持って社会復帰できるようになることを期待されます。
6.結論
がん治療における外見ケアは、患者の心理的および社会的な回復に欠かせない要素です。サロン「FOR AC」のような専門的な施設で提供されるアピアランスケアは、患者が外見の変化を受け入れ、再び社会に自信を持って戻るための強力な支援となります。社会的な参加を促進し、生活の質を向上させるためにも、今後このようなケアがさらに普及し、患者が孤立せずに治療を乗り越えられる環境を整えていくことが望まれます。
■執筆
佐上 徹(産業医)
合同会社 さがみ産業医事務所 代表
非製造業の専属産業医を6年経験して独立。メンタルヘルス対応、健康経営の施策立案や従業員のヘルスリテラシー向上を目的とする研修の企画・実施に携わる。
放射線診断専門医であり、大学病院での臨床経験を有する。国立がん研究センターでは、全国がん登録の研究員としてデータベース研究を経験。
医療関連の情報技術の知識、臨床医・産業医の経験を生かし、人事担当者や産業医向けの研修会の講師としても活動。
メディックメディア「公衆衛生がみえる」の企画に参画。大学院では公衆衛生学を専攻。