近年、医療の進歩により、がん治療を受けながら働き続ける人が増えています。
厚生労働省も「治療と仕事(就業)の両立支援」を推進しており、企業には従業員が安心して治療と就労を両立できる環境づくりが求められています。
しかし、実際の職場では「制度はあるが活用できない」「どこまで配慮すべきか判断できない」「人事や上司との連携が難しい」といった悩みを抱える産業保健スタッフも少なくありません。今回は、さんぽLABで開催した両立支援に関するセミナー申込者のアンケートから見えてきた現場の課題を整理し、企業や産業保健スタッフが今後取り組むべきポイントを考察します。
目次
- アンケートから見えた参加者の特徴
- 最も多かった「制度・運用」の課題
- 就業上の配慮の判断に迷うケースが増えている
- 支援の前提となる「把握」と「相談体制」の課題
- 両立支援を難しくする組織的な課題
- がん以外の疾病への展開が求められている
- まとめ
1.アンケートから見えた参加者の特徴
今回のアンケートには、多くの産業保健関係者が参加しました。回答者の中心は保健師・看護師であり、医師、衛生管理者、人事労務担当者、心理職など幅広い職種から回答が寄せられています。

多職種が共通して課題を感じている
がんと仕事の両立支援は、産業保健スタッフだけで完結するものではありません。
実際の支援では、
- 産業医
- 保健師・看護師
- 人事労務担当者
- 管理監督者
- 主治医
など、多職種の連携が必要です。
アンケートでも職種を問わず課題が挙げられており、両立支援が一部門だけで解決できるテーマではないことがわかります。
経験年数に関係なく悩みがある
経験年数についても、未経験者から15年以上のベテランまで幅広い層が参加していました。
興味深いのは、経験豊富な保健師や産業医であっても「運用」「判断基準」「人事との連携」といった課題を挙げている点です。これは、両立支援が個人の知識不足ではなく、企業全体の体制や制度運用の問題であることを示しています。
2.最も多かった「制度・運用」の課題
アンケートで最も多く見られたのは、制度そのものではなく「運用」に関する悩みでした。
制度はあるが機能していない
回答者からは、
- 制度はあるが運用ができていない
- 現場任せになっている
- 就業規則だけでは対応できない
- 規程が整備されていない
といった意見が多く見られました。
企業によっては休職制度や短時間勤務制度が存在していても、実際に活用する場面で判断が属人的になっているケースがあります。
人事・労務部門との連携不足
「労務担当者の意識」「人事の認識のアップデート」「人事との連携が難しい」といった回答も複数見られました。
両立支援では、産業保健部門だけが理解していても十分ではありません。
制度設計や就業配慮の実施には人事部門の関与が不可欠です。そのため、支援事例の共有や管理職教育など、組織全体で理解を深める取り組みが求められます。

3.就業上の配慮の判断に迷うケースが増えている
がん治療と仕事の両立支援で最も難しいのは、「どこまで配慮すべきか」という判断です。
合理的配慮と安全配慮義務のバランス
アンケートでは、
- 合理的配慮と安全配慮義務の境界
- 本人の希望をどこまで優先するか
- 労務提供との線引き
といった声が多く挙げられました。
例えば、本人は就労継続を希望していても、体調悪化のリスクが高い場合があります。
企業には安全配慮義務があるため、本人の意思だけを優先することはできません。一方で、一律に休業を勧めることも適切とは限りません。会社や本人を含む関係者との対話を重ねながら調整していくことが求められます。
治療の多様化が判断を難しくしている
近年は外来化学療法や放射線療法等の普及により、治療を継続しながら働くケースが増えています。
アンケートでも、
- 放射線治療中の支援
- 化学療法中の勤務継続
- テレワークの取り扱い
- ターミナル期の就労
などの課題が挙げられていました。
働けるかどうかではなく、「どのような条件で働けるか」を検討する時代になっていることがうかがえます。
4.支援の前提となる「把握」と「相談体制」の課題
制度以前の課題として、「対象者を把握できない」という声も見られました。
がん治療の対象となる従業員の把握が困難
アンケートには、
「そもそも、がん治療をしている人を把握するシステムがない」
という声が寄せられました。
がんはプライバシー性の高い疾病であるため、企業が積極的に把握することはできません。
そのため、本人が安心して相談できる窓口や仕組みを整備するとともに、必要に応じてシステムも活用しながら、適切な情報管理のもとで支援につなげることが求められます。
相談しやすい職場風土が必要
相談窓口があっても、
- 何を相談できるのかわからない
- 上司へ知られたくない
- 不利益があるのではないか
と不安を感じる従業員は少なくありません。
相談しやすい職場風土を醸成するためには、守秘義務への配慮に加え、「何を相談できるのか」「誰に相談できるのか」を従業員へ継続的に周知することが重要です。従業員が安心して支援につながれる環境を整備することが求められます。
5.両立支援を難しくする組織的な課題
個人への支援だけでは解決できない課題も数多く挙げられました。
周囲の負担や不公平感への対応
アンケートでは、
- 同僚の負担が増える
- 不公平感が生じる
- 社内理解にばらつきがある
という悩みが見られました。
両立支援を進める際には、治療中の従業員だけでなく、周囲のメンバーへの配慮も必要です。
部署による対応格差
在宅勤務やフレックス制度についても、
- 利用できる部署とできない部署がある
- 配慮内容が上司判断になっている
といった課題が挙げられていました。
制度が存在していても、運用ルールが曖昧な場合には、職場ごとの対応格差が生じやすくなります。個別事情を尊重しつつ、企業・所属部署・本人の間で認識をすり合わせていくことが求められます。
6.がん以外の疾病への展開が求められている
アンケートでは、「がんの両立支援は進んできたが、その他の疾患へ拡充できていない」という意見もありました。
治療と仕事の両立はがんだけの課題ではない
現在、職場では、
- 不妊治療
- 難病
- メンタルヘルス不調
- 慢性疾患
など、さまざまな健康課題を抱えながら働く従業員が増えています。
そのため、疾患ごとの個別対応だけでなく、治療と仕事を両立する従業員全体を支援する仕組みが求められています。
今後は包括的な支援体制が重要
企業が目指すべきなのは、「がん支援制度」を作ることではありません。
相談窓口、休暇制度、柔軟な働き方、情報共有ルールなどを組み合わせ、疾病を問わず利用できる両立支援体制を整備することが重要です。
7.まとめ
今回のアンケートから見えてきたのは、がんと仕事の両立支援における最大の課題が「制度の有無」ではなく「運用」であることです。
特に、
- 制度があっても活用できない
- 合理的配慮と安全配慮義務の判断が難しい
- 人事・産業医・保健師の連携が不十分
- 対象者を把握する仕組みがない
- がん以外の疾病への展開が必要
といった課題が明らかになりました。
治療と仕事の両立支援には、明確な正解があるわけではありません。しかし、だからこそ事例を共有し、多職種で議論しながら運用を改善していくことが重要です。産業保健スタッフには、制度の案内役にとどまらず、人事・管理職・医療機関をつなぐコーディネーターとしての役割が今後さらに期待されるでしょう。
対話から広がる、復職支援の新たな視点
がん治療と仕事の両立支援は、多くの職場で重要な課題となっています。本ケースメソッドでは、がん就労者の事例をもとに、両立支援や復職支援体制の整え方や関係者との連携について実践的に考えます。
参加者同士の対話を通じて、明日からの支援に活かせる視点やヒントを得てみませんか。


