就労世代に必要な歯科の健康管理~長く働くために必要なケアと予防策
むし歯や歯周病の歯科疾患は、その進行によって歯を失う原因となります。歯の健康が損なわれると、食事や日常生活に支障をきたし、全身の健康にも悪影響を与えます。
口腔の健康を守ることは、単に食べ物を噛む機能だけでなく、食事や会話を楽しみ、豊かな人生を送るための基盤となり、近年では、歯周病がプレゼンティーイズムと関連が指摘され、生産性に影響を与えることがわかってきました。
今回は、就労世代に必要な歯科の健康管理についてご紹介します。
目次
1.歯の健康が仕事の生産性に影響を与える
2.労働安全衛生法で規定されている歯科健康診断
3.就労世代に多い歯のトラブル
4.セルフケアと定期チェックで守る歯の健康
5.まとめ
1. 歯の健康が仕事の生産性に影響を与える
プレゼンティーイズムとは、出勤しているものの、健康上の問題により生産性が低下し十分な仕事ができていない状態を指します。プレゼンティーイズムを引き起こす原因は、睡眠不足やうつ、疲労など様々ですが、歯科疾患との関連がわかってきました。
歯周病のある人は、ない人と比較してプレゼンティーイズムの発生割合が高く、その発生リスクも高いといわれています。生産性を高めるためには、歯科疾患の中でも歯周病へのアプローチが重要と考えられています。
2. 労働安全衛生法で規定されている歯科健康診断
現行の歯科保健制度は、乳幼児期から学齢期、後期高齢者については、歯科健診等の実施が自治体や学校に義務付けられています。
一方で、職域においては、任意で歯科健診を実施したり、健康保険組合と連携し保健事業を展開している事業場もありますが、就労世代については、歯科の健康管理体制が十分とは言えない現状があります。
職業起因性の健康障害に関しては、労働安全衛生法第66条で、「有害業務で政令に定めるものに従事する労働者に対し、歯科医師による健康診断を行わなければならない」とされています。
該当する事業場においては、雇い入れ時や6か月以内ごとに歯科医師による特殊健康診断を受けるように定められています。また2022年10月以降、対象者がいる全ての事業場で、その報告が義務付けられています。
このように、産業保健領域においては、職業起因性の歯科疾患を予防する目的で歯科健診が義務付けられているため、歯科健康診断の実施の義務は、一部の労働者に限られています。
3. 就労世代に多い歯のトラブル
歯の喪失はなぜ起こる?
歯を喪失する原因で最も多いのが、歯周病であり、次いで、むし歯が挙げられます。
歯周病の原因には、食事が不規則であることや喫煙、ストレスなどが挙げられます。
むし歯は、正しい歯磨きが出来ていない、糖分の摂取が多いなど生活習慣に由来している原因が多いです。これらの疾患は、細菌によって引き起こされ、予防のためには、毎日のセルフケアと歯科専門家による定期チェックが重要です。
令和4年歯科疾患実態調査によると、各年代のむし歯を持つ人の割合は、年齢と共に増え、45~69歳の就労世代がでは特に高い結果となっています(45~54歳:99.0%、55~64歳:98.7%)。
75歳以上でむし歯が減少しているのは、歯の喪失が多くなることが原因であるといえます。
全身の病気リスクを高める歯周病
歯周病は、歯肉に炎症が起きて、歯を支える歯槽骨が溶ける病気です。症状が進行することで、歯は土台を失い、抜け落ちてしまいます。
歯周病の原因は、歯周病菌の毒素で、それらは全身の健康にも悪影響を及ぼすため、歯周病は口の中だけの問題ではありません。
- 糖尿病:歯周病の進行により血糖値のコントロールが難しくなり、血糖値の上昇が歯周病を悪化させます
- 動脈硬化、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞:歯周病に関連する炎症や細菌により動脈硬化が進行し、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞のリスクが高まります
- 感染性心内膜炎:心臓の内膜に歯周病菌がつくと、感染性心内膜炎を引き起こし、命にかかわることがあります
- 誤嚥性肺炎:歯周病菌が肺に入り込むことで肺炎を引き起こすリスクがあります
- 骨粗しょう症:骨密度が低くなると、歯を支える骨がもろくなり、歯周病も悪化します
- 早産・低体重児出産:歯周病菌や炎症性物質が血液に入り込むことで、早産・低体重児出産が起こりやすくなります
近年、歯周病は生活習慣病と位置付けられ、生活習慣と深く関わっていることがわかってきました。口腔内のトラブルは年齢に比例して増えていきます。若いうち、そして就労世代における健康管理の取り組みがとても大切です。
4. セルフケアと定期チェックで守る歯の健康
①セルフケア能力の向上
むし歯および歯周病の発症は、口腔内の微生物によって形成される歯垢に起因しており、いずれも適切なセルフケアによって予防することができます。
磨いても、磨けていない?
セルフケアの代表は、歯ブラシによるブラッシングです。ほとんどの人が1日2回以上磨いていますが、磨き残しが多いのが現実です。歯垢がたまりやすいところを重点的に、歯のすべての面にブラシを当てることを意識し、丁寧に磨きましょう。磨きにくい箇所は、歯間ブラシやデンタルフロスを併用しましょう。歯ブラシのこまめな交換
歯ブラシは古くなると機能が弱まり、同じ時間磨いていても、歯垢を落とす効果が発揮できません。歯ブラシの交換時期は、磨き方やその回数によりさまざまですが、少なくとも1ヶ月を目安に新しいものと交換しましょう。咀嚼力(かむ力)を鍛える
歯ごたえのある食事やガムを習慣にすることで、歯の土台となる歯肉を鍛えましょう。歯の不健康が咀嚼に影響を与え、咀嚼力が弱いほど、肥満や要介護になりやすいといわれています。歯を失うことで認知症のリスクが高まることもわかっています。噛みごたえのある食材を活用し、調理方法にも工夫しましょう。禁煙~喫煙者は歯周病になりやすい
喫煙者は歯周病になりやすく、悪化しやすいことがわかっています。
喫煙本数が増えるほど、歯周病リスクは高まります。また禁煙することで、歯肉の状態が回復し、歯周病のリスクが低下します。
②専門家による支援と定期チェック
セルフケアだけではむし歯や歯周病の原因となる歯垢を完全に取り除くことは難しいため、歯科医や歯科衛生士による専門的なケアも必要です。かかりつけ歯科を見つけ、定期的な歯科健診を受けることで、重篤な歯科疾患の予防につながり、結果的に医療費や通院回数の削減にも役立ちます。
5. まとめ
就労世代の歯の健康管理には、毎日のセルフケアと定期的な専門家によるチェックが不可欠です。
プレゼンティーイズムとの関連が明らかになっている今、職場での歯科保健活動がますます重要になっています。セルフケアの情報提供、定期的な歯科健診の受診啓発や自治体の歯周病検診等の事業と連携を取ることも有効です。
■執筆:さんぽLAB 運営事務局 保健師
■参考文献
公益財団法人8020推進財団ホームページ
厚生労働省|歯の健康
厚生労働省|e-ヘルスネット_歯・口腔の健康
厚生労働省|令和4年歯科疾患実態調査